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LIVE REPORT

amazarashi ライヴレポート

【amazarashi ライヴレポート】 『amazarashi Live at 日本武道館』2018年11月16日 at 日本武道館

2018年11月16日
@日本武道館

“本公演は検閲の対象となっております。アプリを起動して参加ボタンを押してください”--通常とは違う開演前アナウンスに続き、全方位を埋めるオーディエンスがかざすスマートフォンのバックライトが一斉に発光すると、驚きのどよめきが湧き上がる。amazarashi初の日本武道館公演は書き下ろし小説『新言語秩序』に沿って進み、オーディエンスは事前にダウンロードしたアプリを起動してライヴに“参加”する、前代未聞のスタイルで始まった。バンドはアリーナ中央、LEDスクリーンに囲まれた四面体ステージの中で演奏し、スクリーンにはひっきりなしに強烈な色彩の映像と歌詞が流れ続ける。1曲目「ワードプロセッサー」から最新曲「リビングデッド」へ、気合満点で吼えまくる秋田ひろむを中心にストイックかつハードなサウンドを奏でるバンド。顔に照明が当たることは一切ないが、バンドのシルエットはこれまで以上に明確で生々しい。

秋田が小説『新言語秩序』の第一章を朗読しながらステージがゆっくりと回転し、南向きだった正面が西向きに変わる。『新言語秩序』は“言葉が検閲され狩られる世界と、抵抗運動を繰り広げる人々”の物語だが、SF的というよりは登場人物の心の傷や弱さにスポットを当てた人間ドラマの色が濃い。爆音の「フィロソフィー」から柔らかくフォーキーな「ナモナキヒト」へ、序盤の疾走から徐々に空気が変わってきたと思った次の瞬間、スマートフォンのバックライトが発光した。まるで満天の星の海の中で、メランコリックなピアノが導くスローバラード「命にふさわしい」を歌う秋田の歌がやさしい。

『新言語秩序』第ニ章の朗読のあと、ステージは西向きから北向きへ。懐かしい「ムカデ」が新たな物語の中で新たな意味を与えられ、初めて聴くように新鮮だ。「月が綺麗」「吐きそうだ」「しらふ」とスロー/ミドル・ナンバーをじっくり聴かせると、ステージは東を向く。『新言語秩序』第三章の、緊迫する物語の展開に続いて歌われた「僕が死のうと思ったのは」は、絶望的な状況を打破する希望の歌だ。ピアノの音がどこまでも美しく包容力がある。続いて穏やかなフォークソング調の「性善説」から鬼気迫る「空っぽの空に潰される」、そして波のように客席を流れてゆくバックライトの一斉発光の中で歌われた「カルマ」へ。ここからは懐かしい曲の3連発を経て、『新言語秩序』の物語はいよいよ第四章へ突入する。

この第四章はライヴ前に公開されていた第四章“バッド・エンド”ではなく、第四章‐真“トゥルー・エンド”と題され、ライヴ終了後にアップデートされたアプリを使って読むことができる。『新言語秩序』は、ライヴ演奏とスマートフォンを使ったリアルタイム情報提供を組み合わせた画期的な試みだった。その成否についてここではまだ語れないが、この夜のラストチューンとして歌われた「独白」が、シングル「リビングデッド」のカップリングとして世に出たノイズで歌が掻き消された“検閲済み”ではなく、すべての言葉が聴き取れる“検閲解除済み”だったことからも、秋田の意図は明らかだ。形式化したショーとしてのライヴへの疑問と挑戦。朗読と音楽というamazarashi本来の魅力の再確認。スマートフォンを使ってライヴに参加する新形態。“言葉を取り戻せ”と、もはや歌ではない絶叫を繰り返す秋田がこの武道館ライヴに“朗読演奏実験空間”と名付けた理由は、オーディエンスと共に新しいライヴ空間を創造するという大きなテーマだった。

“抵抗運動への協力ありがとうございました”--閉演後のアナウンスに至るまで緻密に組み立てられた壮大な物語の後味は、長い映画を観たあとのように虚脱と満足が交差するものだった。こんなライヴは今まで観たことがない。amazarashiはまたひとつ、音楽シーンに新しい風穴を開けた。

撮影:Victor Nomoto/取材:宮本英夫

amazarashi

アマザラシ:秋田ひろむを中心としたバンド。2010年のデビュー以来、一切本人のメディア露出がないながらも、絶望の中から希望を見出すズバ抜けて強烈な詩世界が口コミで広まり、瞬く間にリリースされたアルバム全てがロングセールスを続けている。ライヴではステージの前にスクリーンが貼られタイポグラフィーなどを使用した映像が投影されて行なわれるスタイルで、独自の世界観を演出している。