恋の著作権侵害。
近藤晃央
恋の著作権侵害。
2022年6月15日に“近藤晃央”が、デビュー10周年イヤーを飾る3rdアルバム『VISCO』をリリースしました。全15曲、自身のフルアレンジによる完全セルフプロデュース作!テーマは「縫い合わせ」。己の傷を縫い合わせる独りの世界、互いの相違を縫い合わせる独りではない世界。それぞれの楽曲による世界観に落とし込み、「VISCOSITY」を語源としたタイトルは、物質がくっ付き始めた「粘着性」を表現しております。 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“近藤晃央”による歌詞エッセイをお届け!綴っていただいたのは、今作の収録曲 「 ショートケーキ 」 にまつわるお話です。悲しくも美しい、ピュアだからこそいっそう切ない、この歌が誕生したきっかけとは…。歌詞と併せて、エッセイをお楽しみください。 「アーティストと付き合うと曲ネタにされるよね」 飲食店で業界人らしき若い女性達がそんな会話をしていたのを背中越しに聞いたことがある。 私の人生を勝手に世間に晒さないでという文句なのか、私の事を書いてくれた曲があるよという自慢なのか、細かい事は汲み取れなかったが確かにその傾向はあるかもなと思った。恋人に限ったことではないが、近しい人に起こった出来事を題材、ヒントにして曲を書き始める事は実際によくあるから。 自分自身の人生観だけでも幾つかの物語は生まれるだろうけど、毎日目新しい事が起こるような私生活を送れるわけでもないし、曲どころか会話のネタになるようなストーリーも頻繁には生まれない。 楽器担当は比較的派手な私生活を好む傾向がある気がするが、曲書き担当に関しては日常をロマンティックに過ごしてるアーティストはごく稀だと思う。だからこそネタになりそうなものがないかとアンテナを張るし、アンテナの感度を良くしようとして疲れ、ため息を吐き、日々死んだ魚の目をしながら最低限の生命力で生きている。僕の周囲を見る限り、曲書きとはそんな生き物だと思う。 デビューする前から周りの大人に、「アーティストは芸の肥やしに遊んだ方が良い」という節を度々唱えられてきた。 僕は交流の多い場を苦手とする性格だし、知り合いだとしても4人以上は気を使うし、そういう場にはノリが凄すぎる人達が居たり、人の道から外れている遊び方をする人も多いので、できるだけそのような場には参加したくないし、できるだけ夜の港区には近づかない(偏見)。なので、僕は「遊んだ方がいい」というこの節を「古の業界人が語り継ぐ、何でもアリを正当化する悪しき伝統」と思っている。 しかし、社交場が苦手だという事実を一旦置いておけば、多くの人の価値観やストーリーに触れる機会を作ることは確かに大切なことだ。 それは必ずしもネタを拾う為ではなくて、人の話を聞いた方が自分の思考が明確になる事も多く、自分の頭の回転力を上げることにもなるので結果的に触発されて自分の中で新しいネタを生み出すことにも繋がったりする。 昨年の春頃、僕の友人の友人という、その人からすれば僕はただの他人という、もはや親戚の親戚レベルの浅い関係性の女性の恋の悩みをたまたま聞いた。というかその女性が友人に相談してる話を聞いてしまった。 簡単に説明すると、彼女が恋したのは「釣った魚に餌をやらないと言われるタイプの男性」だった。出会った頃はとても優しく、返信のテンポも良く、会うペースも早い。話も合う、一緒に居て楽しい。甘えてもくるし、弱みを共有してくれる。 しかし、彼女は異性に対して免疫がないどころか恋愛経験がほぼ無いらしく、彼の核心に迫る事ができず、関係性がはっきりせず有耶無耶な状態の中で彼との関係を重ねていった。彼に恋人が居るのかすらも曖昧だった。 最初は恋人のような時間を過ごしていたものの、次第に返信のテンポは落ち、返事が来なくなり、たまに連絡が来るとしても文章は短く「今忙しい感」を露骨に出してくる。彼は忙しいと言ってるわりに他のかわいい女性のインスタに沢山「いいね」を押していたり、暇そうなストーリーを更新していたそうだ。男とは哀れな生き物だ。 冷たくされ続ければ誰だって気持ちが自分に向いていない事はわかる。けれど、たまに出逢った頃と同じような優しい対応があるせいで、惹かれ始めた頃に溢れていた優しさが「その人の本当の姿」で、少し時間が経てばまた以前のように戻るのではないかと、彼女は心の何処か期待していたように感じた。 無垢で純粋であるために残酷な結末を呼ぶとしたら、こんなケースなのだろうか。側から見ていたら、どう見ても既に終わったと思えるストーリーを彼女はまだ必死に輝いたままの進行形のラブストーリーとして維持しようとしていた。 そのとき、ふと頭に浮かんだものが なくさないように しまっておいて 私がいたこと忘れた? というフレーズだ。 曲を作ろうともしていないのに、そう脳が構築してしまうのはきっと職業病なのだろう。知らない女性達のあの時の会話が脳裏に過ぎる。曲ネタに困っていた時期ではなかったし次はアップテンポを作ろうと思っていたタイミングだったが、自然に浮かんできてしまったので、結局ボツになるかもしれないしと一旦このフレーズを軸に曲を作り始めた。 彼女が結局報われなかったとしても、あまりにもピュアなエピソードだったので、出来ることならそのピュアさを美しく描きたく、内容が重たくなり過ぎないように何かに例えられないか、重ねられないかとモチーフを考え始めた。 家にある花言葉辞典を調べたり、最近見た風景や食べたものを思い出すように携帯のカメラロールを漁ったが、その時は特にイメージに合うモチーフは見つけられなかった。 数日後、家で洗濯物を畳んで積み上げていた時、白いロンTの上に丸めた赤い靴下を置いた絵面を見て、ふとショートケーキみたいだなと思った。 そこからショートケーキの苺を必ず最後に食べる人がいるなぁとぼんやりと考え始め、彼女が抱える「欠けているけど、まだ終わりではない」という祈りのような思いを「苺を1番最初に食べてしまったショートケーキ」と重ねて書き上げた。 僕は完成したこの曲を、このストーリーの主人公となった彼女にまだ聴かせた事がない。というか曲の存在も知らせていない。そもそも友人の友人なので会った事はあっても連絡先を知らないのだ。彼女は連絡先も知らない関係性のアーティストに勝手に曲の主人公にされている。 恋の著作権侵害という法律があれば敗訴は確定だろう。曲の存在を知ったら酷く嫌な気持ちになるかもしれないし、そもそも僕もまだ知らないあの恋の結末は、もしかしたらハッピーエンドだったのかもしれない。 言い訳染みているかもしれないが、彼女に対して説明したいことがひとつある。この曲が哀しくも綺麗な曲になったのは、あなたがあまりにも純粋だったからだ。今度、友人も含めてこんな曲が出来ましたと御礼をさせてください。美味しいショートケーキを奢ります。いや、やはり嫌がらせだと思われそうなので、違うものにしましょう。 < 近藤晃央> ◆紹介曲「 ショートケーキ 」 作詞:近藤晃央 作曲:近藤晃央 ◆3rdアルバム『VISCO』 2022年6月15日発売 通常盤 LNCM-1392 ¥3,300(税込) 初回生産限定盤 LNZM-1389~91 ¥7,700(税込) <収録曲> 1.愛などくだらないか 2.聲 3.無知 4.ああもう 5.apricot 6.EPOCH 7.箇条書 8.あたしごとき 9.ショートケーキ 10.NEW YES 11.メニメ 12.night pass 13.Swinger Street 14.類似 15.えそらごと