SIONはいつにもましてゴキゲンだった。もちろん、猛暑の中、参戦した(という言葉が今年は本当に相応しかった)観客を気遣ってのことだと思うが、いきなりハードな印象で始まった「2番目の夢で食ってる」からロックンロール調の「はじめまして」につなげると、“できるなら外に出んほうがいい天気なのに来てくれてありがとう”“暑いねぇ。去年の雨よりはいいかね(笑)”“水分補給して下さいよ”と序盤から、SIONにしては饒舌と言ってもいいくらい笑顔で客席に語りかけた。
全国のSIONファンが集まる夏の野音ライヴ。毎年恒例ではあるけれど、毎回セットリストも違えば、天気も違う。しゃがれ声のヴォーカルや彼の魂から生まれる歌の数々は円熟味を増す一方で、ライヴにおいてはインディーズデビューから33年を数える現在もさまざまな表情を楽しませるから興味が尽きない。
厚い信頼を寄せるバンド=THE MOGAMI——池畑潤二(Dr)、細海魚(Key)、藤井一彦(Gu)、そして井上富雄のピンチヒッターとして参加した清水義将(Ba)とともにステージに立った今年は、中盤、藤井がアコースティックギターに、細海がアコーディオンに持ち替え、「がんばれがんばれ」「彼女少々疲れぎみ」「たまには自分を褒めてやろう」など、フォーキーなアレンジの曲の数々を立て続けに披露。尋常じゃない暑さの中、のんびりムードで楽しんでいた客席を大いに沸かせたが、そのブロックの最後に演奏したのが、85年にインディーズリリースしたデビュー盤に収録されていたバラード「クロージングタイム」だったからたまらない。細海が奏でるピアノのイントロに大きな歓声が上がった。この初期の名曲を演奏するのは、たぶん久しぶりだったはず。
毎年、セットリストに1曲(ないし2曲)加えるレア曲は、もはや『SION-YAON』の観どころのひとつと言えるかもしれない。SIONも何を演ったら、みんなびっくりするだろうかと楽しみながら選曲しているんじゃないだろうか。そこからは中盤のアコースティックムードを覆すようにぶっ飛ばしていった。「素晴らしい世界」ではエキサイトしすぎた細海のキーボードが台から落ちそうになるハプニングも! ちょうど日が暮れ始めた頃に演奏したズシリと来るアルバム『しばらく月を見てなかった〜Naked Tracks 10〜』からの「しばらく月を見てなかった」「痩せ我慢ピエロ」の2曲は4月の新宿LOFT公演でも演っていたが、渾身の歌唱に胸が震えるという意味で、今後、ライヴのハイライトになっていきそうだ。オリジナルアルバムに収録される日が待ち遠しい。
ラストスパートをかけるように演奏した「新宿の片隅から」で全員があげた声は、本編最後の「マイナスを脱ぎ捨てる」で“La la la la”の大きな声の合唱に結実。なぜマイナスを脱ぎ捨てなきゃならんのか。この曲が持つメッセージを受け止めながら、誰もが大切な誰かの顔を思い浮かべていたに違いない。そして、「春よ」「Hallelujah」でもうひと盛り上がりしたあと、最後は「今さらヒーローになれやしないが」「このままが」の2曲でしっとりと締め括った。SIONが常に懸命に生きることを歌い続けているのは、「このままが」で祈るように歌っているあまりにもささやかな幸せ、それだけを求めているからなんだと30年歌い続けてきたバラードを聴きながら改めて思った。
アンコールの頭で一瞬吹いた風は、すぐに止んでしまった。全25曲を歌った2時間の熱演が終わる頃には午後8時を過ぎていたが、それでもまだまだ暑い。“わりと野音やってきたけど、一番暑かった”とSIONも笑っていた。
撮影:麻生とおる/取材:山口智男
SION
シオン:1985年に自主制作アルバム『新宿の片隅で』でデビューし、86年にアルバム『SION』でメジャーデビュー。その独特な声、ビジュアル、楽曲は日本のミュージックシーンにおいて唯一無二の存在で、多くのアーティストから敬愛されるミュージシャンズ・ミュージシャンであり、ワン・アンド・オンリーな存在感で輝き続けている。リスペクトしているミュージシャン、俳優、タレントには枚挙にいとまがない。また、長年培った充実したライヴには定評があり、近年は20~30代を中心とした客層を持つバンドとも積極的に対バン公演を行なっている。そして、毎年恒例の日比谷野外大音楽堂でのワンマンライヴは夏の風物詩として定着している。