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今日のうた

ハルカトミユキ

返事はもうこなくたって、いつまでも待てる気がします。

物事のはじまりは、
いつでも瓦礫のなかにあります。
やめたこと、やめざるをえなかったこと、
やめなければならなかったこと、
わすれてしまったことの、
そのあとに、それでもそこに、
なおのこるもののなかに。
(長田弘『すべてきみに宛てた手紙』より引用)

 今日のうたコラムでご紹介するのは、2017年11月3日に“ハルカトミユキ”が配信リリースした新曲「手紙」です。映画『ゆらり』主題歌として書き下ろされ、歌詞には、若かりし時の後悔と今は亡き大切な人への想いが綴られております。まずコラム冒頭では、楽曲タイトルにちなみ、詩人・長田弘さんの“手紙エッセイ”から一節を引用いたしました。【物事のはじまりは、いつでも瓦礫のなかにあります。】…これは「手紙」の歌詞に通じる言葉でもあるんです。

雨が上がって
架かる虹が見えますか?
氷が溶けて
そちらも春がきますか?

意地を張ってた
私を恨んでますか?
雲の上には
この声届いていますか?
「手紙」/ハルカトミユキ

 みなさんも、もう会うことができない大切な人を思い浮かべてみてください。「手紙」の主人公にとってのその人は、もう<雲の上に>いるようです。そして、空を見上げながらそんな<あなた>に問いかけているのです。もちろん何を聞いても返事はありません。しかし<私>は答えを求めているわけではなく、多分、手紙を書くかのように“今”を伝えているのでしょう。直接、伝えることは叶わない“今”を。

 こちらには<雨が上がって 架かる虹>が見え、やがて<氷が溶けて>春が来ました。それは、悲しみに暮れる日々が終わり、希望を抱けるようになったこと。固く冷たい氷のようだった心が溶け、素直に言葉を伝えられるようになったこと。そういった【物事のはじまり】を表しているのではないでしょうか。本当ならもっと早くそのはじまりを迎えられたらよかったけれど、若かりし時は<意地を張ってた私>がそれを拒んでいた。まだ【瓦礫のなか】を見つめることができなかったのです。

愛なんて言葉は
とてもじゃないけれど、まだ
恥ずかしくてごまかしていました
ああなんて

今ならきっとそう
冗談のように笑って話せるなんて
馬鹿みたいですね
「手紙」/ハルカトミユキ

絆なんてものは
薄っぺらい戯言と
見向きもせず距離を取ってました
ああなんて

今ならきっともう
投げ出さないで受け止められるなんて
呆れちゃいますね
「手紙」/ハルカトミユキ

 きっと<私>は、過去も今も強い人なのだと思います。ただ、強さの性質が変わったのでしょう。かつては<愛なんて言葉>は恥ずかしくてごまかしたり、<絆なんてものは 薄っぺらい戯言と 見向きもせず距離を取って>いたり…。それは、若いからこその過剰な自意識でもあり、言葉と真剣に向き合っているからこその頑固さでもあります。しかし時を経て、今は<冗談のように笑って話せる>、<投げ出さないで受け止められる>、そういうしなやかな強さも知ったのです。

 その強さこそが【瓦礫のなか】にあったもの。つまり、過剰な自意識や頑固さや意地という【瓦礫のなか】で見つけたものだということです。また、その強さを知ったからこそ、ちゃんと見えてくる<あなた>の生きざまもあるでしょう。それゆえに、あの頃とは違う新たな自分の気持ちや【はじまり】を、今やっと大切な<あなた>に伝えるのです。

愛とは手紙のようなものですね
受け取るばかりで気がつかずに
涙あふれ 滲んでしまう
それでも求めてしまいます

あなたゆずりの不器用な文字で
今度は私が書いてみます
返事はもうこなくたって
いつまでも待てる気がします
お元気ですか?
「手紙」/ハルカトミユキ

 <愛とは手紙のようなもの>だと、気づいた主人公。だから、<今度は私が書いてみます>とは“今度は私が愛してみます”ということでしょう。<お元気ですか?>とは“愛しています”ということでしょう。たとえ<返事はもうこなくたって>、大切な人に手紙を書くように丁寧に生きてゆこう、愛してゆこう、そんな想いが詰まっているのが、この「手紙」という楽曲。

 みなさんも歌を聴きながら、歌詞を読みながら、先ほど思い浮かべた“大切な人”に<お元気ですか?>と伝えてみてください…。