心の深いところを打つ起点と、そこで感じたものに確信を抱ける終着点。そのふたつが結びつくように創造されていたひとつの“Time Hole”は、まるでカレイドスコープそのものだった。楽曲それぞれが描き出す世界観が織り成した音楽風景は、素晴らしく壮大で色彩豊かな万華鏡。そして、そこにはえも言われぬ多幸感が満ちあふれていた。
ツアーロゴのバックドロップがストロボライトに浮かび上がる中、幕開けに鳴らされたのはGLIM SPANKY史上もっともハード&ヘヴィな「シグナルはいらない」。マイクを手にし、声のトーンに濃淡をつけながら鋭利なメッセージを放っていく松尾レミ(Vo&Gu)。フェミニンな衣装を身に纏いながらも、その醸し出すオーラはさながら勇者のよう。亀本寛貴(Gu)が構築したサウンドコラージュを腰を直撃するようなバンドサウンドへと昇華させた「ドレスを切り裂いて」、タフさを増した「褒めろよ」へと続き、オーディエンスを挑発しながら一気に最初のクライマックスへと導いていく。GLIM SPANKYは途轍もないモンスターバンドになりつつあるーーそんなことをオープニングの十数分で感じさせる圧倒的な歌と音と存在感。松尾と亀本の挑戦がこのツアーで結実している証が刻印のように焼きつけられる。
ステージ後方にセットされたミラーボールの光の中、松尾が“一緒に踊れる曲”と紹介したのは「HEY MY GIRL FRIEND!!」。キュートでチャーミングでありながらもロックスピリットが芯にあるサウンドに、松尾のレモンイエローのスカートも軽やかに踊る。そして、亀本の少しノイジーなギターがイントロダクションにプラスされた「It’s A Sunny Day」では、音源よりもグルービーなブリティッシュ・サイケデリック・ギターポップが歌い奏でられる。その心地良さで酔わせた余韻からの「美しい棘」は、儚さや危うさを内包したリリカルな世界が豊潤さを湛え、聴く者の感涙を誘っていく。ここで紡がれている言葉による風景は、何物にも決して汚すことができない奇跡のような美しさだ。
“音楽友達”とオーディエンスに語りかける松尾らしいMCを挟み、7曲目にはエッジィなブルースロック「Breaking Down Blues」を。亀本が操るトーキングモジュレーターがフックとなる「時代のヒーロー」では、軽やかに突き抜けていくサウンドが心を高揚させる。そして、幻想的なイントロからゆったりとしたメロディーとサウンドで雄大な景色を描く「Looking For The Magic」では、後半にThe Beatlesの「Dear Prudence」を融合させ、さらなる新しい世界を見せていた。カバーとしてプレイするのではなく、自分たちの曲に融合させてひとつの作品に仕立て上げるという試みの、なんと素敵なことか!
地下室に響いてくる遠雷の如きサウンドが凄みすら感じさせる重厚さを秘めた「Velvet Theater」から、空間のある立体的なジャズソウルファンク・サウンドがジワジワと迫ってくる「レイトショーへと」につなげる流れは、短編映画集的な『Into The Time Hole』というアルバムの完成の先に、また新しい可能性をバンドが生み出していたことを思い知らされる。また、この新旧の楽曲による連鎖と相乗効果は松尾のストーリーテラーとしての魅力も際立たせていた。
ホールを転がしながら揺らしていくようなドラムソロで始まり、前のめりな姿勢でたたみかける「怒りをくれよ」。ロックのダイナミズムを真っ直ぐ前へ、上へと轟かせる「ワイルド・サイドを行け」では、荒々しさの中に崇高な魂が宿るメッセージが観客ひとりひとりの魂と共鳴し合い、何度も何度もポジティブな爆発を起こす。ミドルテンポでスリリング、ゆっくりと音の層が向かってくるような「愚か者たち」には、突かれたら痛い心の闇を丁寧に抉られた感覚に。続く「不幸アレ」は逆に心が闇に征服されているような主人公を描きながら、逆説的に希望へのヒントを提示。緩急のついたメロディー、ホラーパンク的なイントロから多彩なサウンドを繰り出す亀本のギタープレイ、爽快さすら感じさせる松尾のヴォーカル、ダークでありながらポップという最新のトライアル...それらはライヴで演奏されることによって、より強靭さを増したのではないだろうか。
その音の広がりが一瞬にしてホールをスタジアムに変えた「NEXT ONE」。本来ならオーディエンスがコーラスを一緒に歌うことで絶大な一体感が生まれるのだが、現状ではままならず...と思いきや、マスクの中の小さな小さな声に込めらたそれぞれの強い想いが空気のように飛び出して、GLIM SPANKYと数万人が大合唱しているかのような空間を作り上げていた。これはステージと客席の熱量が同じだからこそ生まれた光景だ。バックドロップの表情がカラフルになり、リラックスしたムードで披露された「Sugar/Plum/Fairy」は柔らかな遊び心が楽しい。後半の松尾のポエトリーリーディングはメロディーがないのに歌い語っているように聴こえ、聴覚を軽やかに刺激する。彼女の声は唯一無二であるという事実は、こういったところにも表れているのだ。本編ラストは2020年代を代表するであろうエバーグリーンの「形ないもの」。失われていく、消え去ってしまう、かけがえのないものたちへの愛と想いが綴られた、あまりにも切なくやさしい世界。クラシカルなブリティッシュロック/ポップを基調とした気品のあるサウンドに乗る、深い包容力に満ちた松尾の歌声が身体の隅々にまでゆっくりと染み渡っていく。この温かさにずっと浸っていたい...そう思わずにはいられない、これもまたかけがえのないひと時だ。
アンコール1曲目は松尾、亀本、サポートのキーボードを加えた3人編成による「ウイスキーが、お好きでしょ」のGLIM SPANKYスタイルのカバー。グラスの中の氷の音も聞こえるような琥珀色の時間に浸る。ベースとドラムを迎え5人編成に戻り、2曲目には松尾の原風景が滲むカントリーテイストのフォークロックナンバー「By Myself Again」を。カントリーを洗練されたポップスとして成立させられるセンスはGLIM SPANKYならではである。
どれだけ歳を重ねても松尾はこの曲を歌い続けるのであろうと感じさせるMCを導入部とし、深いブレスから声が奏でるメロディーで始まったのは「大人になったら」。“大人”というキーワードは松尾にとって深い意味を持つ言葉だと思われるが、この曲における《大人になったら解るのかい》という問いかけは永遠不変のものであり続けるのだろう。そして、締め括りは密度の濃い踊れるロックンロールチューン「Gypsy」。《分かってないのは君たちだけ》というフレーズを最後の部分だけ《分かっているのは君たちだけ》に変えて歌われているこのナンバーをオーラスで披露することで伝わる、GLIM SPANKYとオーディエンスの互いの信頼の深さ。
そして、1曲目にプレイした「シグナルはいらない」の《味方ばっかりじゃなくてもいいのさ》というキラーフレーズと、ライヴの最後に放たれた《分かっているのは君たちだけ》ーーこのふたつが結びついて輪になった瞬間に浮かび上がった、大きな“Time Hole”。この音楽時空間に立ち会えたことを心から幸福に、誇りに思う。
撮影:上飯坂一/取材:竹内美保
GLIM SPANKY
グリム・スパンキー:2007年、長野県内の高校にて結成。14年6月にミニアルバム『焦燥』でメジャーデビュー。60〜70年代のロックとブルースを基調にしながらも瑞々しい感性と豊かな表現力で新しい時代を感じさせるサウンドを鳴らす。また、アートや文学やファッション等、ロックはカルチャーとともにあることを提示。18年5月には初の日本武道館でのワンマンライヴを成功させた。