たとえ、あとひとつ、とはいかないとしても。
川村結花
たとえ、あとひとつ、とはいかないとしても。
2020年は、シンガーソングライター“川村結花”のCDデビュー25周年のアニバーサリーイヤー!そこで、今日のうたコラムでは、その記念企画として1年を通じてのご本人によるスペシャル歌詞エッセイをお届けいたします。更新は毎月第4木曜! シンガーソングライターとして活躍しながら、様々なアーティストへの楽曲提供も行い、ここ数年はピアノ弾き語りのLiveをコンスタントに続けている彼女。この1年の連載でどんな言葉を綴ってくださるのでしょうか…!今回は第11回をお届けいたします。 第11回歌詞エッセイ:「 あとひとつ 」 近所の駅前に年末恒例の巨大クリスマスツリーが運ばれ先日から設営が始まっています。毎年それを見るたび「ああもう来月はクリスマスで年末ですぐに年も明けるのだなあ」と、過ぎて来た今年とこれからに思いを馳せながら、冷たい風の中でそっと目を閉じたくなるような、なんか幸せでなんかせつなくてあたたかなそんな気分に浸るのが常です。 今現在はとてもじゃないけどまだそんな気分にはなれていませんが、来月ツリーに灯りが点灯すれば、いつものようにそんなあったかせつない気持ちになるのかな。なるんだろうな。そして「来年きっといいことがありますように」と願うのかな。願うんだろうな。 考えてみればそんなふうに願わなかった年はなかったなあと思います。今までいろんな願いをしてきましたが、たぶん人生で最初に己自身のことで強く願ったのはやはり高校受験の時だったと思います。「あの高校に受かって次の春には笑えていますように」とかなんとか。吐くほど願った15の冬(←結局落ちた。人生初の挫折)。 <あとひとつの坂道を ひとつだけの夜を 越えられたなら 笑える日が来るって> これは2010年にFUNKY MONKEY BABYSに提供(共作)した「あとひとつ」の2番のサビです。ほんと、受験生の時ってまさにこれでした。思えばあの頃はわかりやすかったなあ。いつも課題があって、これをクリアすれば次、これをクリアすれば次。ゴールは合格。そういう意味で高校野球も似ていて、日々の課題日々の練習を重ねて、地方大会で試合に次ぐ試合。それをクリアしてクリアしてゴールは甲子園。そして全国優勝。 青春ってある意味わかりやすいものなのだなあ。だから大人は高校野球が好きなのか。わたしも含め。だって大人になればなるほど、ひとつなにかを越えたって次にまた同じような課題が来るとは限らない。ましてやゴールなんてないのだから。だからこそ、あんなふうにゴールに向かってひたすらまっすぐ熱く戦える彼らがうらやましくもあり、自分にもあんな頃があったと思い出させてもらいチカラをもらうのね。もちろんわたしも。 というわけで普段スポーツはNBAと大相撲しか見ないわたしですが、高校野球は結構見ます。なのでファンモンが歌う「熱闘甲子園」のテーマ曲制作のお話が来た時はかなり燃えました。 まず歌詞を先に考えていたのですが、なんだか煮詰まって昔のノートなんかをあさっていたところ、ふと昔書き留めておいた走り書きの「あと100粒の涙を流せば」とか「あと99のドアを開けば」とかそんな言葉があったのを見つけたのでした。そしてその時思ったのです。「あと100もあと99もなんぼなんでも多すぎるわ。せめてあとひとつでしょ、、あれっ、あとひとつ???そういえば野球の応援で『あっとひっとつ~』とか『あっと一球~』とか言うやん、そうやわ、これやわ!!!!!」ということでめでたく「あとひとつ」が生まれたのでした。 ちなみにカラオケでこの歌を歌うとFUNKY MONKEY BABYSのMVが出てくるのですが、なんか胸がいっぱいになって泣きそうになります。加藤くん、モンちゃん、ケミちゃんの絶妙なバランス。あらためて素敵なグループだったなあ。大好きだったなあ。解散した今もわたしは彼らのファンです。そして彼らのおかげでたくさんの素敵な曲を書く機会をいただきました。本当に感謝しています。 そう、それにあの伝説の2013年の日本シリーズで当時楽天の選手だった田中将大投手がマウンドに登場した時に、会場中が大合唱になった「あとひとつ」。プロ野球の名場面のひとつと言われているあの瞬間に、少しでも貢献できたのではないかと思えることが素直に嬉しく幸せです。 今こんな世の中で音楽業界もなかなかに厳しくて、わたし自身もそりゃ何かと色々心に抱えていて、一体あとひとつの何を越えたらお腹の底から笑える日が来るのか、さっぱりわからないけれど、変化の激しいこの世の中で、変化に振り回されることなく変わらずやれることだけを真面目に続けていれば、いつかそんな日が来るとわたしは信じています。たとえ、あとひとつ、とはいかないとしても。 ということで長々書いて参りましたがこの連載も残すところそれこそあとひとつとなりました。最終回になります来月もどうぞぜひ読んでくださいませね。 <川村結花> ◆紹介曲「 あとひとつ 」 作詞:FUNKY MONKEY BABYS・川村結花 作曲:FUNKY MONKEY BABYS・川村結花 ◆プロフィール 川村結花(シンガー・ソングライター) 大阪府生まれ。東京芸術大学作曲学科卒業。1995年、アルバム「ちょっと計算して泣いた」でシンガーソングライターとしてデビュー。同時に作詞家作曲家として楽曲提供を行い、主な提供楽曲は、夜空ノムコウ(作曲)をはじめ2019年現在までに100曲以上。2010年「あとひとつ」(作詞作曲共作)でレコード大賞作曲賞を受賞。2017年、アルバム「ハレルヤ」をリリース。ここ数年は、提供楽曲の作詞作曲も行いながら、ピアノ弾き語りのLiveをコンスタントに続けている。 オフィシャルサイト: https://www.kawamurayuka.com ◆歌詞エッセイバックナンバー 【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】 【第7回】 【第8回】 【第9回】 【第10回】