海に消えた老人

月明かりもない闇に その小舟は今もある
寂寞の風に吹かれ 何かを語るように

あれは百年前の 焼けつく陽射しの中
海原へとこぎだす ひとりの老人の背中
見送る影はない 天地の声もない
海へ出た老人は 二度と帰って…

海と話せるただひとりの
人だったと誰もが云う
時が過ぎて望み薄れど
戻らないはずはないと云う

あれは百年前の 焼けつく陽射しの中
潮だまりにたわむれる ひとりの少女の姿
見守る影はなく 天地の声がした
波に消えた少女は 二度と戻って…

時とともに悲劇語られ
人々が忘れかけた頃
遠く離れた小島の木陰に
ひとりの少女が生きていた

波の間に力強い腕
抱え上げられ小舟の上
釣った魚とひとり分の水
少女の口へ運ぶ人がいた

砂浜に打ち上げられた
息絶えた老人の小舟
陽射しから少女を守るように
抱きながら息絶えた人

寂寞の風に小舟は語る
百年の時小舟は語る
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