<もう私には貴方しかいないの>って、多分私には言えないことで。

―― アルバムのなかでとくに嘉代子さんがお気に入りの1曲も教えてください。

難しいけど…4曲目の「ニュー香港」はうまく書けたなと思いますね。初めての海外旅行で香港に行ったとき、すっかりその街に魅せられて。私はこれが見たかったんだ!みたいな気持ちになったんです。巨大な建物がいっぱいあって、ネオンが煌びやかで、日本にはない景色。

―― その目にした景色が歌詞に投影されているのでしょうか。

そうですね。香港で路面電車に乗って、そのときの景色とかがとくに心に残っていて、なんとか香港をテーマに曲が書きたいなと思って。それでいろいろ試行錯誤した結果、ゲームのなかの香港が舞台となりました。これは夢の話にもちょっと似ているかもしれないんですけど、主人公はゲームのなかの香港にいる<貴方>に恋をするんです。ゲームをクリアしようとして戦って、失敗してしまって、また同じところから始まって、また同じように恋をする。操作しているのは自分なんですけど、ゲームのなかの主人公はまた別人格があると仮定して書いてみた曲ですね。この歌詞はお気に入りですね。

―― 嘉代子さんはいつも歌詞の字面を大切にされているので、人称の表記などからも深読みしてしまうのですが、7曲目の「リダイヤル」は<あなた>がひらがなであるのが逆に怖いなと…。

ふふふ。普段、表記を使い分けるときには、漢字の<貴方>はなんとなくロマンチックなイメージで使っていて、ひらがなの<あなた>はもうちょっと優しくて素朴なイメージなんですね。でも「リダイヤル」の場合は、ラブリーな感じでホラーを作りたいと思って。となると、表記もなるべく優しくしようと思ってひらがなにしました。優しければ優しいほど、可愛ければ可愛いほど、最終的に恐ろしさに振り切るかなと思って。

―― 8曲目「流星」には<貴方>と<君>、ふたつの呼び方が描かれていて、愛していた頃とそうではないと気づいてしまった今の違いが、人称の違いから伝わってきますね。

それが伝わっていると嬉しいです。<貴方>っていうと特別で大切な感じがしますけど、<君>だと同等かそれ以下みたいな感じになりますよね。

―― <貴方>の傷や絶望に惹かれてしまう<僕>の最終的な幸せとは何になるのでしょうか。

陰の部分に魅力を感じるような時期ってある気もするんですね。私も中学生の頃、陰のある小説の登場人物とかに惹かれたりしていましたし。でもそういうものを期待して結ばれたとき、「思っていたよりも大丈夫じゃん」って拍子抜けしちゃうわけですよね。相手は自分がいたから幸せになったかもしれないんですけど。「それなら僕の手によって、もう一度絶望している顔を見たい」というところに幸せを感じてしまうのかな。残酷ですけど。ちょっと幼いふたりのラブソングですね。

―― 10曲目の「リボン」は、あたたかく幸せに溢れた1曲で。以前、嘉代子さんはご自身の楽曲について「結婚式に向いている曲がほとんどない」とおっしゃっていましたが、この曲はまさにピッタリです。

本当に数少ない1曲になりました。結婚式に呼ばれたときは、いつも「ものがたりは今日はじまるの feat.サンボマスター」を歌っていて。これはサンボマスターの山口さんが書いてくださったんですけど、自分の書いたもので歌える曲があんまりなかったんですよね。実は20歳ぐらいの頃に書いた曲で、「リボン」と「reborn」を表現したかったんです。そのひととの出会いによって自分がもう一度、生まれ変わるような、大切な繋がりを曲にしたいと思って作りました。

―― アルバムのラストを飾る「刺繍」には<戸棚に仕舞った手紙 遠い国の切手 心を象ったような生真面目な字が好きだった>というフレーズがありますが、1曲目「ルシファー」にも手紙が登場しますよね。最初と最後の繋がりは意識されたのでしょうか。

そうですね。「ルシファー」と「刺繍」はどちらも編曲を君島大空さんが手がけてくださっていて、最初の曲と最後の曲でループするような感じになるといいなってお願いしたんです。なので「ルシファー」のイントロのキラキラチリチリした音が「刺繍」でも出てきたり。そうやって全体的に始まりと終わりが繰り返すイメージにしました。

―― これまでいろんな主人公を描かれていますが「こういう子を描くことが多い」「こういう子が好き」というような傾向ってありますか?

まさに「刺繍」とかそうなんですけど<もう私には貴方しかいないの>って、多分私には言えないことで。書くものって、自分と何か重なる部分があるとは思いつつ、「こういうひとになってみたい」という憧れが強く表れているところがあるなと思いますね。だから、感情のままに生きていると言い切れる、自分の感情を出し惜しみしない強さに憧れて、主人公を書くことが多いのかもしれないですね。

―― ありがとうございました!最後にこれから挑戦してみたい歌詞というとどんなものですか?

今までは自分自身のなかのものを掘り下げていった曲をパッケージにしてきたんですけど、今回は誰かとの関係性を書こうと思って「恋人」がテーマになったんですね。その関係性がどんどん広がってゆく様を書いてみたいと思っています。だから…「仲間、イエーイ!」みたいな…。

―― 想像がつきません…!

ちょっと自分が追いつけるかわからないですね(笑)。でもそういうテーマで書いたら、私もそんな楽しいことができるひとになれるかもしれないと思っていて。作ることができたらいいなと思います。

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吉澤嘉代子
5th アルバム 『赤星青星』
2021年3月17日発売
VICTOR ENTERTAINMENT
直筆色紙プレゼント

吉澤嘉代子の好きなフレーズ
毎回、インタビューをするアーティストの方に書いてもらっているサイン色紙。今回、吉澤嘉代子さんの好意で、歌ネットから1名の方に直筆のサイン色紙をプレゼント致します。
※プレゼントの応募受付は、終了致しました。たくさんのご応募ありがとうございました!
吉澤嘉代子

1990年、埼玉県川口市生まれ。鋳物工場育ち。ヤマハ主催「Music Revolution」でのグランプリ・オーディエンス賞のダブル受賞をきっかけに、2014年メジャーデビュー。バカリズム作ドラマ『架空OL日記』の主題歌「月曜日戦争」を書き下ろす。2ndシングル「残ってる」がロングヒットする中、2018年11月7日に4thアルバム『女優姉妹』をリリース。

2020年9月20日に配信ライヴ「通信・すなっく嘉代子」にて、ビクターエンタテインメントへの移籍を発表。11月25日にニューシングル「サービスエリア」をリリース。2021年1月20日にテレビ東京ほかドラマ Paravi『おじさまと猫』オープニングテーマ「刺繍」を配信リリース。3月17日には5th アルバム『赤星青星』をリリース。