この曲を作った当時『愛の不時着』を観ていて(笑)。

―― 1曲目「ルシファー」は歌人・穂村弘さんとの共作ですね。ちなみに、いちばん最初に出会った穂村さんの作品というと?

『ダ・ヴィンチ』という雑誌に掲載されていた「もしもし、運命の人ですか。」というエッセイですね。当時、中学生だったんですけど、この世界にも自分と似たようなひとがいるんだって、感動した記憶があります。それからずっと穂村さんにホの字という感じで。

―― 私もそのエッセイ大好きです。内心こっそり思っていることをこういうふうに書いてもいいんだ、と。

思いますよね!本当のところはわからないですけど、エッセイの中では現実世界で弱者として生きている穂村さんが、文章のなかでは無敵というか。モヤモヤした感情を的確に言語化できる様が格好良くて。すごく影響を受けました。あと穂村さんが短歌や随筆で描く登場人物には、おかしみというかチャーミングなものを感じていて。それと何かドキリとするものが同居しているところも刺激的で好きなんですよね。

―― おふたりでどのように歌詞を作っていったのですか?

最初にお会いして、好きな映画とか気になっているテーマとかの話をして。そのあと、メールベースで「ルシファー」という曲を書きたいということと、いくつかフレーズをお送りしました。その私のフレーズの上や下に、穂村さんが連句のような形で書き足してくださって。それを何度かやり取りしたら、もうほとんどできていましたね。

―― とくにお気に入りのフレーズを教えてください。

穂村さんがたくさんフレーズを送ってくださった中に、一行目の<星たちが眠る下でポストは凍ってた>があったんです。星たちも眠る時間ということは、夜と朝の間くらいで。ポストは凍ってたということは、誰も目撃者がいない状況で。それがこの1行で伝わるし、まさに“「ルシファー」=堕天使”の登場シーンにぴったりだなと思って。だから穂村さんが書いてくださったこの最初の1行がお気に入りですね。

―― この歌は<私たち>以外に人称がないのも“二人だけ”の状況が際立っていて素敵ですね。

そうなんです。本当は<私>とか<貴方>とかめちゃくちゃ入れたかったんですけど、入れないように頑張りました。でも常日頃、なるべく人称で埋めてしまわないように心がけていて。必要なときだけにしか入れないようにというか。できることなら、歌詞は生き残った言葉だけで構成したいんですよね。

―― また今回のアルバムでは「サービスエリア」や「ゼリーの恋人」に<恋人たちは>という表現が出てきたり、どこか客観的・第三者的な描写もされているのが印象的でした。

まさにそれですね。とくに「サービスエリア」は、作った当時『愛の不時着』を観ていて(笑)。あの作品って毎回ラストに「このときのシーン、実はこのひとはこう思っていたんだよ」みたいな一幕が入ってきて、そうだったんだ!と思わされるんですよ。だから、基本的には語り部の視点で、最後に主観になるような構成で書いてみました。たしかに、今回のアルバムは客観的視点が結構ありますね。

―― 彼らを観ているのは誰なのでしょうか。

神。つまり私です(笑)。

―― 個人的には3曲目「グミ」がとても好きで。この曲には<最初の一個と最後の一個をくれる神様>というキラーフレーズがあるのですが、これはお友達がおっしゃっていた言葉だとか。

そうなんです。そこにいます(女性スタッフさんを見る)。

―― どんなシチュエーションで生まれた会話なんですか?

私がラムネか何かを「食べる?」ってあげたら、それが最初の一個だったみたいで、彼女が「え、マジ?」みたいな(笑)。「私、最初の一個と最後の一個をくれるひと、神だと思う」って言ってくれたときに、なんだこのフレーズは!と、稲妻が走りました。しかもちょうど「グミ」という歌を書きたいなと思っていたときだったので。

―― よく言う「これをされたらキュンとする」みたいな言動って、実はこういう具体的でささやかなものだったりしますよね。嘉代子さんにも“神様ポイント”ってありますか?

高校生の頃、アルバイト先のひとたちと何人かでマクドナルドに行ったんですね。そのとき、ひとりのひとだけがフライドポテトを頼んでいて。私はすごくそのポテト食べたいなと思っていたんです。頼めばいいんですけど、ちょっとだけ食べたかったんですよね。そうしたら「これ食べる?」って、箱をこっちに向けてくれて。その瞬間「神様だ」って思いましたね。

―― わかる気がします。優しさともまた違うんですよね。

そう。多分、あっちはなんとも思ってないかもしれないし、もしかしたらいらなかっただけかもしれない。なんか「グミ」の<私>もそういうささやかなことで、だんだんとそのひとに魅せられていって、ついにはそのひとが自分のすべてになってしまったんじゃないですかね。どんどん神格化してしまって。ジョージ朝倉さんの『溺れるナイフ』を読んでいたときにもそんなことを思いました。恋人を神格化してしまった主人公の歌を1曲入れたいなと思って作ったのがこの曲ですね。

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