―― 今作『Buppu Label 15th Anniversary “Showcase!”』の“Showcase!”というワードには、どのようにたどり着いたのでしょうか。
これはちょっと笑い話なんですけどね。自社レーベル設立が2010年で、そこから15年が経ったわけです。でも、とある友だちから、「え、そんなにアルバム出していたの? 知らなかった。『不安の中に手を突っ込んで』以降、出してないと思っていた」と言われて。僕は衝撃すぎて、持っていたスプーンを落としそうになりました(笑)。そうか、たしかに僕、Buppu Labelになってから、宣伝が行き届いてなかったかもしれないなと。
それで、この周年の機会に、「槇原敬之、実を言うと、こんな曲たち作っていました」という楽曲たちを、ショーケースに並べて一気に見せたいなって。あと、辞書で調べてみると「Showcase」っていわゆる「展示する」という意味もあるんですけど、もうひとつ「絶好の機会」という意味もあったんですよ。じゃあデビュー35周年でもあるし、ピッタリだなと。
―― そして、選曲のさじ加減が絶妙です。
会社のみんなで決めたんですけど、かなり話し合いました。僕としては、楽曲の量も多いし、それこそ“Showcase!”なんてタイトルをつけるぐらいだから、「選ぶの簡単じゃん!」と思っていたんですよ。そうしたら、わりと揉めまして(笑)。「この曲を入れるなら、これも入れないと」とか、「決めた曲数が時間的に1枚に入りきらない」とか。じゃあ3枚組にしようかとも思ったんですけど、それはもう15年分をすべてリリースし直すのと同じだよねと。
―― 槇原さんご自身は何をセレクトの基準にされましたか?
いわゆるザ・ベストアルバムというより、「マニアックな槇原ファンなら選ぶであろう楽曲をまとめよう」というのは全体のスローガンとしてありましたね。というのも、JASRACから定期的に、「この期間にこの曲がこれぐらい使われました」というベスト10みたいなものが送られてくるんですけど、その内容が自分の予想とまったく違ったんですよ。それで、ヒット曲を誘い水にして聴いてもらう、的な僕らの考えはもう古いなと思いまして。
―― 【Disc1】の1曲目から「犬はアイスが大好きだ」が来るのが最高です。
嬉しい。僕にとってもすごく大事な歌で。自分でも「これぞ槇原敬之」という感覚があります。
―― まさに槇原さん要素が詰まっている歌詞だと感じました。犬たちへの愛。日常の出来事からの気づき。そして、どこか「僕が一番欲しかったもの」にも通ずる価値観というか。誰かの幸せこそ自分の幸せで。もう…優しすぎるなと。
そんな! 嬉しいけど、僕はぜーんぜん優しくないんですよ(笑)。まぁこの歌詞は実話でして、「こんなことあるんだ!」って笑っちゃいましたね。僕がガリガリ君を食べていたら、犬が分けてほしそうに見ているから、カリッと噛んで手に出そうとしていたんです。そうしたら、棒についているほうを丸ごと食べられた。もうおもしろすぎて。このアイス事件が起こったとき、「ああ、自分にはそういう神様がついているんだな」と確信しました。
よくお笑い芸人のひとが、すべらない話とか、漫才のネタとかで、楽しい実話をたくさん話してくれるじゃないですか。あれは僕、神様がいるんだと思っていて。「こういうことがこのひとに起きれば、その出来事でみんなを楽しませることができるぞ」という神様。それが僕にもきっとついている。それで、「独り占めして黙々と食べていたら、こんなに笑えなかったし、こんな気持ちにもなれなかったなぁ」と心から思って、書いたんですよね。
―― その神様は、槇原さんがその出来事を「おもしろい」と感じ、何か大切な気づきを得ることができるひとだと知っているんでしょうね。
みんなが明細書を作ったり、税務署に行ったりする時間を使って、歌を作っているからさ。せめてみなさんの心の代わりとなって、より感じたい気持ちはあります。そうやって「こんなことありましたぜ!」って伝えるのが、僕たちアーティストの責務じゃないかなという気がするんですよね。
―― 「犬はアイスが大好きだ」も含め、やはりBuppu Labelが設立したばかりのアルバム『Heart to Heart』収録曲は、とくにディープな雰囲気がありますね。描かれているテーマも然り。
そうなんです。個人的にも、世の中的にも、いろんなことが起こった時期であるというのも大きいですね。もちろん2011年の東日本大震災もそうですし。それを当時の自分は、より敏感に、ガッツリ捉えていたところがあるかもしれません。先ほどお話した、「恋愛以外の独自の素材を歌詞にしたい」というマインドも11年目のタイミングで、ちょうど熟してきているような状態だったんですよ。
―― そんな熟してきているタイミングで生まれたラブソング「軒下のモンスター」も欠かせない1曲ですね。今作に入っていて嬉しいです。
絶対に入れないといけないと思いました。意外とそれまで<好きになる相手がみんなと 僕は違う>という歌を正面切って書いたことがなくて。今の時代は当時とはまた変わってきていると思いますけれど、マジョリティ側からすると、マイノリティ側が宇宙人みたいに見えるのかもしれない。それなら逆にしようと。自分が好きなひとのことを、宇宙人、モンスター、得体のしれないものぐらいに思っていたほうがまだマシだよね、と。
好きだけれども、今どうすることもできない。そういう気持ちを抱えているひとの、「それでも私はそのひとをここで見ていよう」という決意って、僕はとても耽美だなと思うんです。そして、この歌はとくにいろんな声をいただくことが多くて。ペット病院の看護師さんに「私は“軒下のモンスター”に救われました」と言っていただいたり。僕のほうが「聴いてくれているんだ」と救われる気持ちなんですけどね。
―― 当時、「軒下のモンスター」を書くことができたきっかけは何かあったのでしょうか。
たとえば、いい大学に入って、いい会社に入って、素敵な奥さんと結婚をして、子どもを授かって、いい家庭を築いて…。「そういうことが幸せなんだよ」と他者から言われているひとってたくさんいるじゃないですか。僕も言われてきたし。だけど、「どうしてあなたが私の幸せを決めるの?」とずーっと思っていたんです。それは今でも自分のなかにある気持ちで、制作当時はより強くなっていたタイミングだった。
僕は子どもがいないけれど、子どもが好きなので、「やっぱり子どもはほしかったかもなぁ」という気持ちも正直あります。だけど、貫きたい自分自身がある。だからこそ、子どもは育てられなかったけれど、歌をたくさん書いて、後世に残していけたらいいなと思うわけです。つまりひとによって選ぶ幸せは違う。だけど、人間は自分がいいと思うことを、他者にも感じてほしかったりするから、優しさもあって「結婚しなよ」とか勧めますよね。
それでも、僕が伝えたいのは、「すべて自分の決断だったと思ってほしい」ということなんです。自分で決めてほしい。死ぬ前に、「あのとき、あのひとに言われて選んだけど、ああすればよかった…」という後悔にならないでほしい。その気持ちが強く表れたのが「軒下のモンスター」で、2011年から現在まで続いている要素だと思います。うん。僕はずっと「自分で決めた、ということを忘れなければ大丈夫」と歌い続けている気がしますね。
―― 「どんなときも。」のフレーズをお借りすれば、<僕が僕らしくあるために>自分で決めるんですね。
そういうこと。そういうことなんです。言われてみると、伝えたいことって変わらないですね。「軒下のモンスター」の主人公にも、それでも好きでい続けた、あのときの自分をいつか好きだと思ってほしい。もうひとりの自分が、第三者的に自分を見たとき、好きな自分でいてほしいんですよ。僕自身そう在りたいという気持ちが大きいから。そして、僕の歌を聴くひとに最期、「ああー、楽しかった人生」と思ってほしいだけなんです。