話すように歌うってどういうことだろう。

尾崎裕哉
話すように歌うってどういうことだろう。
2021年9月22日に“尾崎裕哉”がNEW EP『BEHIND EVERY SMILE』をリリースしました。父である尾崎豊の曲をTVで披露し大反響を受けたり、昨年末より精力的にLIVEを行ったりと、活動してきた彼。今作には、トップクリエーターである旧友・Yaffleとのコラボレーション曲も収録。また、長年の盟友にしてヒットプロデューサーでもあるトオミヨウとがっつり組んだ意欲作となっております。 さて、今日のうたコラムではそんな最新作をリリースした“尾崎裕哉”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回が最終回。綴っていただいたのは「話すように歌うってどういうことだろう」という考察。そのために意識した「シンガーソングライター的な韻の踏み方について」のお話です。自身の楽曲の歌詞を例に、細かい韻の踏み方やその語感が生み出す効果について明かしてくださいました。是非、歌詞と併せて、じっくりとお楽しみください…! ~歌詞エッセイ最終回~ “Sing Like Talking” 決して佐藤竹善さんのバンドの話ではなく、そのままの意味で「話すように歌うってどういうことだろう」という考察だ。これは僕のEPを製作する際に考慮した、かなり細かい専門的な作詞のテクニックの話になる。せっかく歌詞のメディアで3回にも亘って寄稿させてもらえたのだし、最後の回くらいは歌詞を作る側の話、もっといえば何か歌詞を書くときに役に立ちそうなツールを置き土産にできればと思う。 内容は「シンガーソングライター的な韻の踏み方について」だ。もしかしたら僕が知らないだけで、似たような話をどこかで誰かが既にしているのかもしれない。あるいは僕の見解は全く的を得ていないかもしれない。なので、なんとなく僕が作詞をする際に微細に意識したこととして、紹介したいと思う。 もちろん、これらを全く意識しなくても美しい曲は書けるだろうし、美しい歌詞は生まれると思う。ただ、歌の詩である以上、メロディーに載せる前提の言葉をどう捉えたらいいんだろうと悩んだ僕なりの仮説だ。 「美しい歌詞」は、単純に綺麗な言い回しだけではなく、こんな要素もあるのかも知れない。あるいは、あってもいいのではないか。実際は拍に対しての「母音の置き所」や「短い母音・長い母音」というメロディーの中での母音の性質についても意識することにはなるが、言葉だけでは説明が困難なので割愛したい。 なぜこんな話をするかというと、僕にとって作詞とは詩を書くというより、ポエムを書くことだからである。韻を踏んでいないものはポエムではない。ジョン・レノンやボブ・ディランを聴きすぎたせいだろうか。ボブ・ディランのファーストヴァースから引用しよう。 Bob Dylan - Blowin' in the wind How many roads must a man walk down before you call him a man? How many seas must a white dove sail before she sleeps in the sand? Yes and how many times must the cannonballs fly before they're forever banned? 句末のman( マ ン)、sand( サ ンド)、banned( バ ンド)で押韻している。Sand( サ ン ド )とbanned( バ ン ド )は「ア」だけでなく「ド」でも韻を揃えているので、優等生的な押韻だ。 ポエムではヴァースの句末で必ず韻を踏む。これは単に韻を踏んだほうが綺麗に聞こえるだけではなく、そういう形式をとるというルールだ。英語における詩には形式がある。代表的なものとしてソネットがある。シェイクスピアン・ソネットとペトラルチアン・ソネットなどある(詳しくは こちら )が、日本教育における漢文での五言絶句だったら偶数句末で押韻する、七言絶句だったら偶数句末+第1句末で押韻するという話に近い。前例のボブディランの詩で用いられているEnd Rhymeともいう、もっともシンプルな押韻の形だが、僕はこの「句末で押韻」するということをサビで用いることが多い。 尾崎裕哉「 Glory Days 」 You know we are free; So fly with me ここじゃない未来まで One day we'll see; We're meant to be 駆け抜けろ僕らのGlory Days 英語2行を「イ」で押韻するパターンA。すなわちFree(フリー)とMe(ミー)、See(スィー)とBe(ビィー)。日本語のフレーズでは「エ」で押韻するパターンBに変える。すなわち<まで>とDay(デェイ)。厳密にいうと、Dayはイで終わるので、デェの部分だけ踏んでいると少し緩い韻の踏み方にはなる。ボブ・ディランがman( マ ン)とsand( サ ンド)を踏むニュアンスだ。敢えてちょっとだけ外している。いつもベタベタで韻を揃えるのも芸がないように感じてしまうからだ。韻のパターンで言うと、AAB AABとなる。 歌詞の韻を揃えると、揃えたところを意識するようになるし、歌いやすくなった気もする。では、この韻をもっと細かく分解して文章を構成すれば、よりスムーズな歌になるのではないか? というのを「Lighter」では意識した。 英語の詩ではmeterと言う、文章の中で強調される言葉(韻脚ともいう)のパターンに着目した考え方があるが、メロディーでは1音目や伸ばす音が強調されやすい。歌のメロディーの中で自然と強調している音に対して母音を合わせると、よりスムーズになるのではないかと考えた。 「Lighter」のサビのメロディーで、相対的に強調される音を歌詞の中で太文字にしたのがこちら。 尾崎裕哉「 Lighter 」 1)き み は Li ghter 2)ぼ く の こ こ ろ に 火を と も し て くれる Li ghter 3)や すら か に あ す を ね が え る の さ Li ghter 4)ひ をわ け あっ て ゆ く 5)そ れ が あ い を 6) せ か いにひ ろ げ る よ アクセントを置いた箇所の母音だけ切り取り、揃えるとこういうパターンになる。 1)い あ あぃ 2)お お お お い ぃお お え あぃ 3)あ あ あ お あ う お あ あぃ 4)い え え う 5)お あ あ お 6)あ お え お 「Glory Days」でもそうだったのだが、僕は大体2行のセットで句末の押韻を捉えることが多い。「Lighter」の場合は、最初の導入的な1行目を除けばAABCCのパターンだ。それぞれの行で、考えていたことを細かく述べたい。 1行目を<君「は」>にすることで、Lighterの「ら」と母音を合わせ、Lighterに入りやすくなる。<君「の」Lighter>だったら「の」の口の形と「あ」の口の形が異なりすぎるのでスムーズさで劣る。 2行目はアクセントを概ね「オ」で揃えて、3行目は「ア」で揃えるようにした。ここでは揃えた母音から想起するイメージに沿った歌詞を作ることを意識した。 2行目の「オ」の母音は力強さがあるので、力を込めたい歌詞にする。3行目の「ア」は個人的に聖歌隊が一番よく使っている母音の印象がある。曲でいうと、エレンの歌 第3番で歌う「アヴェ・マリア」のような印象があって、「ア」は願いとか祝いのような印象を受けるので、祈願にちかい歌詞を入れる。また、1行目と同じように<心「に」火を>とすることで、母音を「イ」に揃え、火に入りやすくなる。 ちなみに、2行目と3行目の句末は両方<Lighter>で終わっているので、違う言葉で韻を踏んでいるというよりは、ただ韻を揃えただけであるが、一応この2行は句末が「あ」で終わるパターンとした。 4行目の<火を分け合っていく>は、ここだけコード進行がクリシェ進行に変わる。なので、その変化に合わせてアクセントで使われる韻も「ア」と「オ」以外のものに変えることを考えた。 必然的に「イ」「エ」「ウ」しか使えなくなる。「ウ」は発声するには少し苦しい母音だったりするので、半音階で行進するクリシェのざらつき感とマッチしていると思って句末に置いた。そして、フレーズで一番伸ばして聞かせることになるポイントは、歌詞で言うと「わけ」と「あって」の部分になるので、「あえ」で揃えた。ここは音程も同じ降下なのでより言葉の揃った感が出る。 5行目と6行目は、2行目と3行目から踏襲した「ア」と「オ」を中心に、「オ」で句末を揃えたシンプルなパターン。力強い母音である「オ」で終わることがより爽快感を出す。 ここまで細かく説明するのはアートの真髄に反する気がするけれど、少なくともこれらは完全な自己満足であるから、自己満足を燦々とした様で語るのもたまにはいいかなと思った。ここは歌詞を扱うメディアだし、歌詞を捉える世界が少しでも広がればという願いもある。 作った感想としては、歌いやすくなった実感もある。韻を揃えることで歌詞を発音しやすくし、まるで喋っているかのように歌えることにつながるのではないだろうか。すると、僕の仮説があっている可能性は高い。歌う際に綺麗に言葉を届けられれば、人に伝わりやすくなるのかも知れない。まだ研究の途中なので、あくまでも仮説ではあるが。 そして、ここまででわかったと思うが、僕はどちらかというと詩を左脳で捉えることが多い。性格的には右脳派のはずなのだが、パズルのように言葉の韻を組み立てるのが楽しい。そして、前回のエッセイでも述べたように、僕は曲作りにおいて凡庸なので、右脳だけでは曲を詳細に見ることができない。その苦肉の策として、左脳的に分析することが多い。 とくに詩の世界は、読むのも書くのも毎回未知なる海へ向かって飛び込むような感覚だ。それが楽しいわけなのだが、不安もつきものだ。だからこういう羅針盤のようなものがあって、少しくらい安心できるのも悪くないと思っている。こんな考え方が何かの参考になれば幸いだ。 <尾崎裕哉> ◆紹介曲「 Glory Days 」 作詞:尾崎裕哉・いしわたり淳治 作曲:尾崎裕哉・蔦谷好位置 ◆紹介曲「 Lighter 」 作詞:尾崎裕哉 作曲:尾崎裕哉 ◆New EP『BEHIND EVERY SMILE』 2021年9月22日発売 【初回生産限定盤】SECL2695-2696 ¥2,300(税込) 【通常盤】SECL2627 ¥1,600(税込) <収録曲> 1. ロケット 2. Anthem 3. Lighter 4. With You