夏、屋上、燃え殻にもなれなかった花火と恋のおはなし。

tonari no Hanako
夏、屋上、燃え殻にもなれなかった花火と恋のおはなし。
2023年7月12日に“tonari no Hanako”がMajor 4th Digital Single「半人前の恋」をリリースしました。今作よりtonari no HanakoのVisualを務めるHanakoが変わり、新たな世界を伝えるフェーズへ突入。新曲は、アレンジにボカロPとして活動する“内緒のピアス”が担当し、疾走感のある中に切ないフレーズが随所にちりばめられた、季節にピッタリの楽曲が仕上がっております。 さて、今日のコラムではそんな最新作を放った “tonari no Hanako”のame による歌詞エッセイをお届け!綴っていただいたのは、新曲「 半人前の恋 」にまつわるお話です。あなたには誰の目にも触れないで消えていった想いはありますか? たとえ互いに想い合っていても、口にすることのなかった恋の記憶はありますか…? 誰の目にも触れないで消えていく流れ星が、この世にどれくらいあるだろう。 そんなことを、夏の夜空を見上げながら考えたことがあった。 Aちゃんは可愛らしくて愛嬌があり、それでいて責任感の強い、太陽のような女の子だった。 Bくんは優しくて繊細で、他人の痛みにも敏感な、月のような男の子だった。 サークルの同期で、いつも男女10人ちょっとのグループで遊んでいた。 毎年夏は決まった島に行き、その島にあるお馴染みの宿を予約して数日間を過ごすのが恒例だった。 そう、あの、最上階にある広い屋上付きの大部屋だ。 彼らが青春を煮詰めたような、濃く淡い時間を過ごした場所だ。 海から徒歩3分という距離にあるその宿の屋上は、 絶えず波の音が響き、海の香りがする湿った風を運んでくる。 宿の庭でBBQをし、日が落ちて夜が来れば、海辺に出てみんなで花火をする。 甲高い笑い声が響き、鮮やかな火の光が流れるなか、火薬の匂いを体に何重にも纏っていく。 その後は、屋上にみんなで寝転んで、ぼやけた星空を見ながら語り合う。 サークルのこと、単位が危ないこと、 先輩カップルの噂話、見事なまでにフラれた後輩の武勇伝、 片想いで頭が狂いそうになっている友達の愚痴、 たっぷりと残された朝までの時間を、だらだらと皆で過ごすのが、彼らの夏のメインイベントだった。 Bくんは、Aちゃんのことが好きだった。 おそらく、出会った当初から。 そしてAちゃんも、Bくんが自分に好意を寄せることに気付いていた。 だけどあくまでAちゃんは、Bくんに告白させる隙のない雰囲気を作ることに努めていた。 冗談を言ってはカラリと笑い飛ばす明るい彼女の振る舞いは、友達としての距離感を強調しているようだった。 二人がふざけ合えば合うほど、それが私にはすごく切なく感じられた。 Aちゃんも、本当はBくんのことが好きだったからだ。 彼女は、仲良しグループの輪のバランスが壊れることを何より恐れていた。 Bくんのことを好きな女の子が、そのグループ内にいたからだ。 人間関係が混乱し、みんなの日々の楽しい時間を自分が壊すことはできないと、私にそっと漏らしていた。 そしてBくんは、持ち前の繊細さと優しさで、Aちゃんの意図を感じ取り、その決断を尊重した。 だから、Bくんもその恋心を卒業まで彼女にぶつけることはなかった。 二人とも、何事もなかったかのように、あくまで友達として時を共にし、卒業していった。 お互い卒業まで、他の誰とも付き合うことはなく。 いつの日か、海辺で火をつけようとしたけれど、湿気のせいか上手くいかず、 結局そのまま力尽きた手筒花火のことを、私はずっと覚えている。 結局私は、華やかに燃え上がり、色鮮やかな思い出を皆にもたらした花火よりも、 燃え殻にすらなれなかった1つの花火のことが、どうしても忘れられなかったのだ。 シュンとしているように思えて、胸がキュンとなったことが、今も胸を抉っている。 だけどあの時、何事もなく燃え上がっていたら、きっと特別な存在として、私の記憶には残っていないかもしれない。 皮肉なようだけれど、その切なさが私の心を揺らし続けているのは事実だ。 物事は、予定調和で上手く運べば良いというものではないのかもしれない、と思う。 もし、数年の時を経て、大人になった今またあの二人が再会したら、 その恋は動き出すのだろうか。 環境も、立場も、大切なものも、きっとあの頃とは違う二人は、 今なら何て言うだろうか。 きっと、何も言わずに優しく笑い合っているんだろうな、と勝手に想像する。 太陽も月も、いつだって同じ距離で、それぞれを見守っている姿に二人を重ねてしまう。 胸がキュッと苦しくなるけれど、 感情も思い出も、年を取れば、甘酸っぱく味わえるようになる…のかもしれない。 想い合っていても、口にすることのなかった恋心。 誰の目にも触れなかったけれど、確かにそこに存在していたことを、 墓石を建てる思いで、この曲の中に遺しておきたい。 <tonari no Hanako・ame> ◆紹介曲「 半人前の恋 」 作詞:ame 作曲:ame