「大好き」が問いかけるもの

いきものがかり
「大好き」が問いかけるもの
2023年12月13日に“いきものがかり”がニューアルバム『〇』をリリース! 今作は、2人体制となって初のオリジナルアルバムです。映画『銀河鉄道の父』主題歌「STAR」や、『映画プリキュアオールスターズF』主題歌「うれしくて」、『プリキュア』シリーズの20周年記念ソングでTVアニメ『キボウノチカラ~オトナプリキュア'23~』オープニングテーマ「ときめき」、フジテレビ系『坂上どうぶつ王国』テーマソング「きっと愛になる」などが全12曲が収録されております。 さて、今日のうたコラムではそんな“いきものがかり”の水野良樹による歌詞エッセイを2回に分けてお届け! 今回は第1弾です。とある日、我が息子からふいに投げかけられた言葉。そこから考えてゆく、歌をつくる意味とは、歌を書くことの難しさとは…。今作の収録曲と併せて、エッセイをお楽しみください。 6歳の息子に付き合って、居間のソファでアニメを見ている。 画面を飛び交うポケモンたちの名前がぜんぜん覚えられない。これはみずタイプなんだ、あれはほのおタイプなんだと、早口でまくしたてる息子の説明に「へぇ」と頷くだけだ。 「パパ?」 不意に、テレビに向けられていた息子の顔が、ぐるりとこちらに振り向く。 「ん?」 目を合わせる。ずいぶんと綺麗な目をしている。丸い。 「大好き」 強烈だなぁと思う。まいったなぁと思う。なかなかの破壊力だ。 息子は気にするでもなく、すぐにポケモンの世界に戻り、親バカの父親だけが日常の風景のなかに取り残されて、「大好き」という言葉の余韻にしばし痺れている。 そうか。 “大好き”か。 歌詞なんて、必要があるのかと思うことがある。 水野くん、作詞というのはね、「好き」という言葉を使わずに「好き」を表現することなのだよ。いや、先生、おっしゃりたいことはわかりますけれど。お言葉ではございますが、それ、創作という遊戯を超えたところで、どれだけの意味があるのでしょうか。 まぁ、屁理屈ではある。そうやって、おのれの語彙の少なさを、あるいは言語表現の拙さを、ごまかしているところは否定できない。「好き」で済むのだったら、ほとんどの締切を余裕で通り過ぎることができるだろうし。それは楽でしょうよ。 だが、踏みとどまって考えてみなくてはならない。 幼い息子が放った「大好き」が、なぜ胸を打つのか。 歌詞にせよ、文学にせよ、戯曲にせよ。 すべての言語表現はつまるところ、そういった日常のなかの、おおよそ“芸術”などというご立派な単語でコーティングされる前の、言葉がやっと言葉になったような瞬間から、始まるのではないだろうか。 物心ついたばかりの幼い子どもが、言葉という袋をやっと手にした。 そこにどんな種類の感情を、どれだけ詰められるのか。まだ彼は適当な具合がよくわかっていない。おもちゃ袋いっぱいに感情のぬいぐるみを詰めてしまう。小さな手では持ちきれないほどの大きさになってしまう。でもそれを、そのまま渡す。満面の笑みで。そんな、言葉。 “関係”があるから、でもある。 息子は、彼の父親である自分にはとってはかけがえのない存在で、そんな息子が放つ言葉は愛おしいものとなるに決まっている。表現ではなく“関係”が、言葉に価値を与えている。だから、息子の言葉はたしかに、表現という遊戯にかかわる“詞”ではない。 だが、はたして、すべての関係から無縁でいられるような“詞”が存在するだろうか。すべての関係から切り離されて、純粋に自立し、孤高に酔えるような“表現”が存在したとして、それは誰かを慰めるだろうか。 言葉は書かれた時点で、読まれる宿命を帯びている。 歌はくちずさまれた時点で、聴かれる宿命を帯びている。 書き手がいれば、聴き手がいる。 自分だけで密かに書いた日記でさえ。自分だけで静かに呟いた祈りでさえ。 それらを聴く“自分という他者”がいることを思えば、常に、そこに“誰か”はいる。 哀しいことかもしれないが、言葉は“ひとりではいられないもの”だ。 だから、やはり息子が放った「大好き」に向き合わねばならない。 言葉が“関係”から切り離せないのであれば、歌詞を書く人間にとって、小さな子どもが放った生まれたての言葉の瑞々しさは、重く、鋭い、批評になる。 あの「大好き」と向き合える言葉を、お前は書けているのかと問われたら。 それはなかなかに、恐ろしい問いだ。 今までの人類の歴史上で(大袈裟な話だが)、いったいどれだけの感情が言葉にされ、やりとりされてきたのだろうか。今、この瞬間にも、息子が放った「大好き」と同じような言葉が、誰かと誰かとのあいだで交わされている。 あえて言うのなら、それでもなお、歌をつくる意味があるのか。 歌書きはいつも、下から風が吹き上げる無意味の谷底の前で、立ち尽くしている。 つくりだした言葉のほとんどは目前の谷底の闇奥へと落ちていく。 だが、ときどき。ほんとうにたまに。 息子が放った「大好き」と同じように、誰かと誰かとの関係のもとで、呼吸をする言葉が生まれてくる。表現という技術の遊戯に終わるのではなく、生きた人と人とのあいだで、彼らの感情とつながって、それらを血として、生々しくうごめいて、生きていく言葉が。 うまく書きたいとは思わない。 だけれども、誰かと誰かとのあいだで生かされていく言葉は、書けたらいいなと思う。 テレビを見ていた息子がまたもう一度、こちらに振り返ったとき。 自分は何を言えるだろうか。 その問いの難しさは、歌を書くことの難しさと、そんなに、変わらない。 <水野良樹(いきものがかり/HIROBA)> ◆ニューアルバム『〇』 2023年12月13日発売 <収録曲> M1 誰か M2 うれしくて M3 声 M4 ときめき M5 きっと愛になる M6 STAR M7 好きをあつめたら M8 HEROINE M9 やさしく、さよなら M10 喝采 M11 YUKIMANIA M12 ○