商船学校を卒業し、憧れの船乗りになりましたが病気のため下船。闘病生活中の昭和27年『コロムビア府県対抗歌謡コンクール』に懸賞応募した作品が、石本美由起先生の補作により、翌28年レコード化されたのがきっかけです。
昭和28年「チャイナの波止場」/若山彰・コロムビアローズ。
注文を頂いた歌手に書くのが「プロ」だと思っています。
売れなかったが好きというよりは、売れなかった作品ほど愛着が湧きます。
寝たきりの闘病生活中「頭脳と手を使って生きる方法はないか」と考え、少年時代に受験雑誌に短歌・俳句・詩なと投稿し、賞金を貰ったことを思いだし、投稿マニアから、懸賞作家、そしてプロへと進みました。
頭の二行で勝負すること。あきらめないこと。