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達人たちは1曲の詞を書くために、言葉を巧みに操り、その時代を象徴する言葉を探した。その言葉は多くの老若男女の心を掴んで離さず、その歌は大ヒットした。「孤独がつらく感じるとき」「愛することがよくわからなくなったとき」いつも、勇気と力を与えてくれた…、作詞家は言葉の魔術師である。そんなプロの「作詞家」の皆さんをゲストにお招きしてご紹介して行くこのコーナー。
今回は、「三百六十五歩のマーチ」をはじめ、数多くのヒット曲を世に送り出し、現在は、日本作詩家協会会長を務め、音楽の普及・発展にご尽力されている「星野哲郎」さんをゲストにお迎え致しました。
黄色いさくらんぼ」/スリー・キャッツ
三百六十五歩のマーチ」/水前寺清子
恋は神代の昔から」/畠山みどり
男はつらいよ」/渥美清
アンコ椿は恋の花」/都はるみ
昔の名前で出ています」/小林旭
みだれ髪」/美空ひばり
風雪ながれ旅」/北島三郎
兄弟船」/鳥羽一郎
女の港」/大月みやこ
雪椿」/小林幸子
その他、多数。
四行で書けることを
五行に書くな
五行で書けることを
六行にするな
これが演歌を書く基本であり
自分へのいましめである

朗読詩集「いろはにそらしど」〜いましめ〜より
星野哲郎さんに伺いました
私の好きなあのフレーズ
「しあわせは歩いてこない
 だから歩いてゆくんだね」
曲が出来た時「着流しで歌っている私が、マーチなんて」と言っていたチータですが、第41回選抜高校野球の入場行進曲に選ばれました。この曲が人生の応援歌「援歌」の原点です。
星野哲郎 Tetsuro Hoshino
本名 有近哲郎
大正14年 山口県大島郡東和町(現 周防大島町)生まれ。昭和21年 高等商船学校(現 東京海洋大学)機関科卒業。

その後、遠洋漁業の乗組員となるが大病を患って船を下り、約4年間の闘病生活を送る。
昭和28年 雑誌の懸賞に応募した詞が入選し作詞家としてデビュー。

日本コロムビア、日本クラウンの専属作家を経て昭和58年フリーとなり、これまでに創作した作品は4,000を超え、数々のヒット作を世に送り出している。現在、(社)日本作詩家協会会長を務める。

賞罰
昭和46年 運輸大臣より海事功労賞
昭和60年 運輸大臣より交通文化賞
昭和61年 紫綬褒章
平成11年 第50回日本放送協会放送文化賞
平成12年 勲三等瑞宝章
近況報告
「不滅の名曲〜オリジナル歌手による〜星野哲郎作品集」
CRCN-45749 ¥2,800
2007.03.07 Release

■近況報告
・2008年4月1日朗読詩集「いろはにそらしど」が(定価¥2,500-)が発売されます。  お問い合わせは、 03-6823-9302 ユーズミュージック演歌歌謡曲事業部 迄
・2007年7月、故郷の周防大島に記念館がオープンしました。
■星野哲郎記念館
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