2008年も12月に入り、残すところ1ヶ月を切った。しかし、金融問題で拍車がかかる不景気、身勝手な殺人事件、政治家たちの戯言など、相変わらず目の前を暗くさせられるニュースがあふれ返っている。そんな息苦しい日常から切り離してくれるのがライヴであり、熊木杏里の歌声は疲れ果てた心をやさしく包んでくれた。幕開けは「春隣」。ピアノの弾き語りでしっとりと聴かせた後、“これからいいことがあるよ”という曲だったことを説明し、次はバンド編成で「時の列車」を披露する。そうやって曲の背景を話しながら、ライヴは進んでいく。演出効果は照明が楽曲の世界を彩るだけで、ステージ上にセットもないシンプルなものだったが、それ以外のものを曲は必要としてない。フォークソングやニューミュージックがルーツにある彼女の曲には、自身の欠片が織り込まれていて、リアリティが存在しているのだ。“多くの人に聴いてもらって力をもらった曲です”と語った「新しい私になって 」、自分の中にある恋を思い出したという「ひみつ」、教室の片隅で人の輪に入れないでいた自分に声をかけくれた友だちに捧げた「七月の友だち」...気付けばメモを取ることを忘れて、聴き入っている自分がいた。どの曲からも等身大の彼女が感じられ、それが遠い昔の自分の姿とダブり、胸の奥が熱くなっていたのだ。全18曲で2時間弱のライヴだったが、心が息を吹き返すには十分だった。心が温もりを取り戻したことで、明日からの厳しい日常に挑む力が沸いたのは僕だけではないはずだ。