他の人がどう思っているかは知らないけれど、僕は君の素敵なところも、どうしようもなくダメなところも知っているーー堀込泰行の音楽に惹かれる要素のひとつに、そういうメッセージがあると思う。今、長らく先の見えない日常を過ごす中で、誰かが自分を肯定してくれていたら少し楽になれるはず。ニューアルバム『FRUITFUL』は陽のイメージが強い。本作を軸にキリンジ・ナンバーも多く盛り込んだ今回のセットリストは、見えない、だけど確かな肯定が軸になったストーリーを紡いでいた。
《星は今日も静かに 心の奥の夢を揺り起こす》という「Stars」の歌詞が通奏低音になっているニューアルバム。1曲目に歌われ、堀込のファルセットや真城めぐみのコーラスが加わって、ゴスペル的な包容力を醸し出す。一転、阿部芙蓉美作詞の「光線」のクスッと笑えるちょっと軟派なテイストから、続くキリンジの「夢見て眠りよ」で男女の目線が入れ替わるようで面白い。外が梅雨でも会場の中は光に触れる初夏を出現させたのは「5月のシンフォニー」。生で聴く、この曲のサビで下がる転調はストンと空間移動するようだ。八橋義幸のリッケンの音色が音源でのサイケデリックなムードを再現してるように感じられた。
ホールに風を生み出すようなブロックに続いては乾いたアメリカンロック調のリフと《犬が》のコーラスが熱を帯びていく「Here,There and Everywhere」、いい塩梅に温まってきたのに「ビリー」でハーモニカを忘れて、急遽ローディーが渡すというやらかしもありつつ、演奏が始まればちょっとシニカルな2曲の流れにニヤついてしまう。インストの「Sunday Driver」はオフビートな小松シゲルのビートのセンスなど、勝手知りたるメンバー間の呼吸に唸る。100パーセント前向きな笑顔ではいられない、皮肉のひとつも言いたくなる日常を映すこの感じは替えがたい。
いつになくMCの時間も多く設けられていたのだが、考えてみたものの話すことがないという堀込に真城が“好きにすればいいじゃないですか、ご自分のコンサートなんですから”などなど、ナイスなツッコミの数々を入れるのもライヴの薬味。おかしかったのが『FRIUTFUL』のジャケットにちなんで、メンバーになるべくカラフルな衣装をリクエストしたくだり。フリマアプリでペパーミントグリーンのコンバースを買ったという頑張りが空振りに思えたのか、“靴なんでどうせ見えないんだから裸足でもいいし、何なら裸足の方が訴えかけるものがあるかもしれないし”と愚痴(?)のオンパレード。そんな彼のキャラをステージで観たのは個人的には初めてかもしれない。
おかしみも何もかも乗っけて後半は緩やかな「君と僕」に始まり、マスク越しの小さな歓声が聴こえたキリンジの「グッデイグッバイ」。ポップなソウル感を醸すピアノリフとともに刻まれるドラムとベースがクラップを誘う。さらにメロディーがストーリーをグイグイ引っ張っていく「風を撃て」でバンドも熱を帯びていく。トークボックスでのギターソロも聴くことができた「YOU AND ME」で、さらにグルーブが増し、アウトロのトークボックスとクラビネットの抜き差しで、このセッションをしばらく聴いていたい気分に。オリジナルではSTUTSの打ち込みメインの「Sunday in the park」がシンプルなアレンジや効果的なオブリガードで彩られていく。“「Sunday in the park」の次につなげてみたかった曲をやります”と、曲紹介したのは「スウィートソウル」だった。確かにBPMがつながっていて心地良いし、「スウィートソウル」が作られた時とは異なる時世だからこそ、掘込が作るラブソングの普遍性がより際立ったように思う。エモーションを突き動かしたあと、本編のラストに俯瞰で綴った物語である「涙をふいて」を配したのもいい。なかなか抉られる内容だが、繰り返される《涙をふいて》のコーラスが、ことさら大きなメッセージじゃなく、ラブソングが並ぶブロックの締め括りとして、むしろ誠実な印象を持った。
アンコールでは馬の骨の「少しでいいのさ」の弾き語りや、「エイリアンズ」をラヴァーズver.ではなく通常のアレンジで演奏するなど、ソロでオリジナル3作品やコラボ作を経たことで、どの時代の自身の作品に対してもフラットな気持ちになれたのだと想像する。拍手やハンドクラップで気持ちを放出していたフロアーが、シンプルなロックンロール「Stars(reprise)」で誰となく立ち上がり、ステップを踏んだ。それは大人のライヴのテンプレでも何でもなく、その場にいた人たちによる祝福の表現だ。さぁ、これからまた面白いことになっていくぞーー名曲に満たされる以上の何かを堀込泰行は残してくれたのだ。
撮影:shiori nakamura/取材:石角友香
■出演
Vo&Gu:堀込泰行
Key:冨田謙
Gu:八橋義幸
Ba:沖山優司
Dr:小松シゲル
Cho:真城めぐみ
堀込泰行
ホリゴメヤスユキ:1997年に兄弟バンド“キリンジ”のヴォーカル&ギターとしてデビュー。13年4月、17年活動をしていたキリンジを脱退し、以後はソロアーティスト/シンガーソングライターとして活動を開始する。14年11月にソロデビューシングル「ブランニュー・ソング」を、16年10月には1stソロアルバム『One』をリリースした。代表曲に「エイリアンズ」「スウィートソウル」「燃え殻」「Waltz」などがあり、希代のメロディーメーカーとして業界内外からの信頼も厚く、ポップなロックンロールから深みのあるバラードまで、その甘い歌声もまた聴くものを魅了し続けている。