『三十路(ミソジ)まえ』ライヴをみっちり重ねた2013年を経て、いよいよ待ちに待った怒髪天の結成30周年を祝う日本武道館公演の日がやってきた。開演前の客席は早くもお祭りムードで、真っ赤なハッピを着た人、うちわや扇子を持った人、愛嬌のあるコワモテなお兄さん、ロックなバンドマン...老若男女のファンがこの日のために一堂に会していて、異様なほどのハッピーな熱気であふれていた。
場内が暗転し、ステージ脇のビジョンに“ほんと、どうもね。”の文字が映し出される中、SEの「男祭り」が轟き始める。紅白幕が上がったステージには、すでに凛々しく佇むメンバー4人の姿。そのバックをバンド名に交差する日本刀をあしらったいつものフラッグが飾るというシンプルなステージセットだ。“よく来たーーーッ!!!”と増子直純(Vo)が満員の観客に叫ぶと、坂詰克彦(Dr)のカウントからいきなりの「酒燃料爆進曲」! 頭上からは金テープが華やかに舞い、全席が明るく照らされた武道館は早くも熱く沸き返る。続く「北風に吠えろ!」でのサビのコーラスのパワーも凄まじく、右手を高らかに上げて歌う増子の雄姿を見ていると、もう涙腺がやられそうになる。「濁声交響曲」では上原子友康(Gu)のリフがファンファーレさながらに清々しく鳴り響き、緊張を和らげるように時折小さくジャンプする清水泰次(Ba)と坂詰のリズム隊がグイグイと演奏を引っぱっていく。“曲は30年分あるけど、体力は30年分ないからね”なんていう増子の冗談とは裏腹に、「ロクでナシ」「どっかんマーチ」「情熱のストレート」と、4人は全力でライヴバンドとしての本領を見せ、この特別な会場でも揺るぎない音を聴かせてくれる。
が、そんな中で増子が思わず本音を漏らす。“だーめだ、コレ。予想以上だ。何やってもグッとくるわ。ダメだ、前見たくない。だってなぁ、宝くじ当たったようなもんなんだぞ? あり得ないことなんだから。ここにいる人たちは全員仲間だっていうんだからね。立候補しちゃうよ、俺(笑)。みんなにご褒美もらったよ、連れてきてもらった。もうご馳走さんで、帰って泣こうかなって感じだよ”。そうしたなんとも彼らしい真情の吐露に、ファンは笑い声や拍手で温かく応えていた。そして、増子の“人間っていうのは本当に絶望した時にさ、横とか上は見ない。だいたい下を向いちゃう。そんな時に何が見えるか。一番ガクンときた時に、もう1回やろう!と思えるものを側に置いとこうと思って作った歌です”という紹介から「はじまりのブーツ」へ。情熱的な音色のギター、タフなビート、踏まれても挫けることのない雑草魂、再起を誓う人生賛歌。怒髪天の怒髪天たる所以が凝縮された、この日どうしても聴きたかった一曲だ。「ドリーム・バイキング・ロック」では“まだまだいくぞー!!!”と自らを鼓舞するように叫びながらも、胸いっぱいのあまり「ド真ん中節」でついにうつむいてしまう増子。それでも、懸命に顔を上げては“ドンドドン”のリズムに乗せて拳を何度も前へ突き出し、向こう見ずなシャウトで声を枯らすのだった。
怒涛のライヴは中盤へ。ふんどしを締め直すように始まった「GREAT NUMBER」では、オーディエンスも“エイ! ヤー!”と合いの手を入れて4人を盛り上げる。「押忍讃歌」「労働CALLING」でフロアを狂乱の渦に巻き込んだあと、ビジョンには懐かしのライヴシーンや上京前の貴重な映像が流され、「あえて荒野をゆく君へ」や「友として」をはじめとする初期のナンバーも円熟味たっぷりに披露されていく。90年代後期、怒髪天が活動を再開する鍵となった「サムライブルー」もここで登場。同郷のthe pillowsで言うところの「ストレンジ カメレオン」にあたる外せない名曲が、万感の思いを託して鳴らされる。《震えている訳を たずねないでくれ》とハモる上原子の声は震えていて、増子はがむしゃらに声を荒らげて歌う。演奏後のMCでは、またも感極まる自分に“ダメだ”と繰り返し、“(客席を)明るくするなー!”ともがきながら、“何なんだろうな、このしんみり症候群は”と照れくさそうに笑っていた。
“みなさんと我々の一大アンセムです”という前口上で始まった「ホトトギス」、軽快なダンスビートが光る「団地でDAN!RAN!」と、終盤は畳みかける展開。中でも、大人の概念を覆すキラーチューン「オトナノススメ」での武道館全体をハッピーに踊らせてしまう圧倒的な求心力と、めちゃくちゃ楽しそうに演奏するステージ上の4人の姿が印象深かった。以前、この曲をリリースした際のインタビューで、歌詞の《夢ならあるし》を取っかかりに自身の夢について尋ねたら、“メンバーが健康に長生きして、バンドを一緒に続けること”と増子は語っていたが、全員が40代後半へと突入した今も、その願い通りに怒髪天がこうして元気で続いているのは、ファンとしてもやっぱりたまらなく嬉しいことなのである。「歩きつづけるかぎり」が始まると、ビジョンにはメンバーが映し出された。増子の表情は笑顔と泣き顔が混じった感じで、もうくしゃくしゃだ。全員でサビを歌う「雪割り桜」では会場から割れんばかりの大合唱が起こり、何物にも代えがたいほどの美しい光景が生まれていく。アウトロで上原子がむせび泣くようなギターソロを弾き倒している間、ノーマイクで会場に感謝の言葉を叫び続けていた増子は、その途中でこらえ切れずステージを後にした。
涙を拭って登場したアンコールでは、「ロックバンド・ア・ゴーゴー」「喰うために働いて 生きるために唄え!」を披露し、バンドがやれている幸せ、泥臭くやってきた末に今があることを証明すると、“最後は楽しくパーッと派手にいこうぜー!”と増子が叫び、泣けるサンバソング「セバ・ナ・セバーナ」でさらにヒートアップ! オーディエンスもガッツリ盛り上がって大団円と思いきや、まだまだアンコールの拍手は鳴り止まない。その声に応えて、赤いハッピ姿で4人が再び登場。“もうね、心の器からあふれてる。俺の許容できるものから気持ちがあふれ出てる。本当にありがとうとしか言えないよ”と感慨深く増子が語り、メンバー紹介へと流れる。まずは“想像してたのよりも100万倍くらいすごい眺めでびっくりしました。今日ライヴを作ってくれた関係者の方々、遠いところから集まってくれたみなさん、この歳までロック・バンドがバリバリできる頑丈な身体に生んでくれた両親、僕の夢の場所に連れてきてくれた怒髪天というバンドに本当に感謝してます。ありがとうございます!”と上原子が先陣を切ると、またもや男泣きモードに突入。ドラムセットの前に出てきて最初こそいつもの調子で陽気に喋っていた坂詰も、“これが現実なんだなって緞帳が上がった時に思いまして、これから行く道が本当に決まっちゃったなと...!”と話の途中で嗚咽してしまう。清水は“15歳の時に初めて髪を染めて、それが今も続いてるっていうね。バンドは楽しいよ、みんなやったほうがいいよ!”と笑い、“怒髪天の中でこの日本武道館のステージから一番遠いところにいた俺をここまで連れてきてくれた増子さん、友康さん、坂さん、本当にありがとうございました”の言葉とともに、メンバーに深々と頭を下げた。
“可能性だけはある。それを後輩のバンド、いくつになってもバンドやってる仲間たちに観てほしかった。こういうことあるぞってね。何のズルもしないで、ズルの仕方分からなくて、ただただバンドをやってきたら、だいたいこんくらいかかる(笑)。でも、生きてるうちにできて良かったよ。ありがとう。このメンバーとやることが楽しくてやってきたから、これからもずっとね。バンドでどのくらいまで持つのかやってみようかなと思ってるんで、楽しみにしてて”と最後に増子が締めた。そして、伝家の宝刀「サスパズレ」をぶちかまして再び最高の一体感を会場に生み出し、ラストは浴衣ダンサーやonちゃん(北海道テレビのマスコット)をステージに招き入れての「ニッポン・ワッショイ」。紅白の紙吹雪が舞う中、メンバーは会心のスマイルを見せ、3時間に及んだ怒髪天にとって初の日本武道館公演は大成功のうちに幕を閉じた。しかし、これはまだアニヴァーサリーイベントの1発目。この日の模様を収めたDVDと30周年を記念したアルバム2タイトルのリリース、初の47都道府県ツアーに北海道でのフリーライヴの開催も発表され、怒髪天は今年も馬車馬のように働きまくる。さらなる高みを目指す4人がどんな道を歩んでいくのか。これからも期待を持って見守っていきたいと強く思える、そんな忘れられない一夜だった。