大豺嶽~月夜に吠ゆ~

秋方(あきつがた) 心清し山人(やまうど)は獣拾ひて養ひけり

ベうベう
手負ひの豺は萱草山(かやぐさやま)にて行き離る

夜いたう更けてなむ皆人静まりて後(のち)に鶏(かけ)襲はるる

ベうべう
主(ぬし)は抱(むだ)き守るも無き事にて誅せられし時

忝(かたじけな)き心 響きけり なおし我は世人の程思ひ知らる
涙の零るるに止(とど)まらず 君の声(と)を聞き咎む
虚空なり 終はりゆゑ

死ぬる者の様貌(さまかたち)を似せ刻みけり
磐(いわ)に魂(たま)を彫(ゑ)りつく

ほとほと
口惜しと思へり 如何な言葉も及ばれね

神掛けて主を護(まぼ)り奉(たてまつ)らむ 己(うぬ)の命 世界に宿る

ベうべう
危ふく見えし時 奇(くす)し豺蘇る
ベうベう 側さらで祗候(しこう)す 報いたる恩を忘るまじ

我が身は変化の者 送り狗(いぬ)人の善と悪を選(え)り 迎へ狗と化(け)す
雪の如き野髪 緋の眼 怨敵(をんでき)を見て呻き正に食はむとす

山響(とよ)むまで吠ゆ 人の血に穢るれば行く末は え避(さ)らぬ別れ路
幾十度(いくそたび)後ろを見返りて惜しみつつ赱り去(い)ぬ
打ち泣き打ち泣き
いと愛(かな)しと掻い撫づる主を思ひ出でたり
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