ピアニシモ

あらん限りの大声を張りあげて 赤ん坊の私はわめいていた
大きな声を張りあげることで 大人のあいだに入れると思った
大人の人たちの声よりも 男の人たちの声よりも
機械たちや車の音よりも ずっと大きな声を出そうとした
だって歴史たちが示している
シュプレヒコールもアジテイションもみんな
わめかなければ届くものじゃない がならなければ振り向きもされない
なのに あの人が私にリクエスト
ピアニシモで歌ってください ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で ピアニシモで歌ってください

それしか言わない あの人は言わない
戸惑った私は あの人を憎んだ
屈辱のようで腹を立てていた 仕返しのように小さく歌った
言わんことじゃない ほら案(あん)の定(じょう)
通行人は誰も振り向きもしない
けれどその代りに私には それから初めて聴こえたものがある
今すれ違った 気弱な挨拶
ピアニシモで歌ってください ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で ピアニシモで歌ってください

あの人に会えるなら伝えたい
あの人はもう この町にいないから
私はピアニシモで歌っていますと
でも たまにはフォルテシモでも歌いますと
ピアニシモで歌ってください ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で ピアニシモで歌ってください
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