
―― 実際に口ずさんでいて気づいたのですが、TOMOOさんの歌詞は、言葉のイントネーションがすごく自然ですよね。
そうなんです。イントネーションは、ほぼ合うように作っていますね。詞先のときもありますし、そうじゃないときもあるんですけど、メロディーにはめていくときは、そのメロディーとイントネーションが合っていて、なおかつ意味も合う言葉を選ぶようにしています。そこがズレると、自分のなかですごく気持ち悪くなってしまいます。基本的には、普段しゃべるときと同じイントネーションじゃないとしっくりこなくて。
―― それはアーティストのみなさん、少なからず意識されていることだと思いますが、TOMOOさんの曲はとくに“しゃべっている感覚”が強いと感じました。
中学生の頃よりも、かなりその意識が強くなっていますね。だから昔作った曲を久しぶりに歌うと、「あれ、イントネーション変だな」と思うことも結構あります。自分はボーカリストとして、わーっと歌い上げることがいちばんの強みではなくて。言葉や発音のニュアンスのなかに、感情や情緒が細かく見えるように歌っていて。その個性を自覚するようになったからこそ、より自然な語りに近づけたいと思うようになったのかもしれません。
―― あともう少しだけ、作詞について伺わせてください。作詞はお好きですか?
いつも苦労しています(笑)。作曲とどちらが大変なのか、わからなくなってきました。昔は「曲はいくらでも作れるけど、歌詞が難しい」と思っていたんです。そもそも10代の頃は、歌詞とメロディーが鼻歌みたいに同時に出てきて、そのまま曲になることが多かったんですよ。それがデビュー前くらいから曲先で作ることも少しずつ増えてきて。「私、こういうパズルみたいな作業は向いてないな」と感じながら書いていました。
作詞は、永遠に“正しいやり方”がわかりません。景色を自分の心情と重ねながら、デッサンするような感覚で書いていたところから、だんだん状況が変わっていって。今回のような書き下ろし楽曲では、これまでと同じやり方では書けないこともありますし。メソッドがないんです。ただ、心が動いたときには、「今はこれを書くべきなんだ」という感覚だけは自然とあって、それに導かれるように手が動いています。
―― 心が動いたら、そこからは早いのでしょうか。
多分、気持ちを持っているだけではダメですね。景色だったり、物語やメッセージに対する感動だったり、自分が今置かれている状況や悩みだったり、精神状態だったり。そういういろんなものが重なって、自分のなかにぎゅぎゅぎゅって圧力がかかっていく感覚があるんですよ。
それが、誰かとの何気ない会話とか、ちょっとした出来事がきっかけで、ぶわっとベクトルが変わる。そのときに、溜まっていたものが一気に解放されて、曲を推進させるエネルギーになるんです。感情が体感に後押しされるというか。
リリースは先になりますが、最近書いたばかりの曲も最初は、「何を言いたいのかわからない」という状態でした。そこで、普段はあまりやらないのですが、「とにかく30分、何でもいいから文字を書いてみよう」って、裏紙にバーッて書き出したんです。「心が動かない」とか、思いつくことを書いて。そうしたら、休憩中にふと鏡を見たとき、「鏡……あ!」と急に繋がって、一気に曲が動き始めたんですよね。
―― いつ曲が動き始めるか、なかなかわからないから難しいですね。
しかも、自分をモニタリングするカメラがどんどん増えている気がします。昔は、持っている言葉も少ないし、ワンカメというか主観のみという感じでした。でも、今は前にも後ろにも上にも下にもカメラがついていて、どんどん客観視するようになっていて。その結果、筆を入れたくなる箇所が増えて、逆に難しくなっているんですよね。
―― それは、「どのカメラを使おう?」という迷いですか?
それもありますし、セルフツッコミが増えて、歌詞に対する目線が厳しくなっていて。だから、嘘じゃなく「いったんこれでいいと思うよ」と思うことができたら、またのびのび書けるのかもしれません。今でも、鼻歌でワンフレーズが出てくるときは、セルフツッコミから解放されている状態なので、その瞬間を大事にしています。無意識から生まれたものは、曲のコアに据えることが多いですね。作詞、格闘中です。
―― ありがとうございました。最後に、TOMOOさんにとって歌詞とはどんな存在ですか?
人生の記録でもあるし、その時々の自分の記録でもあるし。いや、記憶というより、そこにもう閉じ込めている感覚かもしれません。そのときに見たもの、そのとき自分が立っていた場所、誰かとの関係、心の状態。だから…、琥珀ですかね。
―― 琥珀。
樹脂が固まって、何百年、何千年も前の虫が入っている、ああいう感じ。その琥珀をどんどん残しているような感覚です。しかも、文章と違って、歌詞は音と合わさってやっと肉づけされる部分もあるじゃないですか。声やメロディー、コード、響きによって、歌詞に保存できるものが無限大になるなと思います。
あと、薬のようなものでもありますね。たとえば、血の巡りをよくするべき状態と、逆に血管をキュッと締めなければいけない状態があるじゃないですか。それによって必要な薬は変わりますよね。歌詞も同じだと思うんです。だから、「忘れていいよ」と「忘れないで」のどちらも歌っていい。過去を置いていくこと、絶対に置いていかないこと、両方がひとりの歌のなかに存在し得る。歌詞にはそういう強さもある気がします。

