第71回 Mr.Children「HANABI」
photo_01です。 2008年9月3日発売
 Mr.Childrenの作品を聴いていると、「こりゃ降参だ」と思うことがある。私は曲を書く立場ではないし、そもそも勝負などしてないのに、そう思ってしまう。でもこれこそが、最上級の感動だろう。ほかに較べるものが思いつかない。だから降参だ。今回紹介する「HANABI」は、まさにそんな1曲である。

この曲のイントロが流れるたびに、あたりの景色が一変し、センチメンタルな気分に支配される。このまま浸っていたい……。その時、私の肩を軽く叩くかのように、桜井の歌声が聞こえてくる。[どれくらいの値打ちがあるだろう?]。哲学的ともいえる、そんな呟きとともに、この歌はスタートする。

2008年に放送され、その後、人気ドラマとしてシリーズを重ねている『コード・ブルー ―ドクターヘリ緊急救命―』の主題歌としても知られる。ちょうどタイミングよく、7月27日には映画版が公開されるそうである。再びこの楽曲へも、注目が集まることだろう。

ファンには有名な、あの金魚のエピソードから

 この歌が誕生するキッカケを、桜井は『Mr.Children REFLECTION{Live&Film}』のMCの中で語っている。2015年6月のステージを収録したものであり、ちょっと紹介する。彼は休日ともなると、ペットの世話をするのが楽しみであり、飼っているのは犬1匹、金魚3匹、メダカ20匹、ハムスター1匹、なのだそう。私はこの話を聞いて、「猫を飼ってなくてよかったな」と思う。猫は通常、水槽に悪さをするからだ。

やがて話は、金魚へと絞られる。2週間に1回、水槽の水を交換する際、彼は間違いを犯し、金魚を死なせてしまうのだ。そこで、行きつけのペットショップの人に訊ねると、こう言われた。「水というのは絶えず新鮮な空気を取り込まないと、腐ってしまうんです」。しかし桜井は、一晩放置した水を使っていて、これが間違いだった。

その時、彼はこの話を、人間の「心」に置換えて考えてみた。確かに人間の「心」も、常に動いていれば、澄んだ状態でいられそうではないか…。そんな想いが体を巡った瞬間、“これは曲になりそうだ”と閃いたという。

実際の彼の言葉遣いからは、ちょっとアレンジさせてもらったが、ファンの間では有名なエピソードであり、それを知った多くの人達は、歌詞カードに痕跡を探したわけである。そして、[透き通ってく水のような心であれたら]というフレーズをみつけたことだろう。そしてこれは、“曲になりそうだ”と感じた瞬間、頭の中に浮かんだこと、そのものでもある。すでに金魚の話ではなくなっていた後のことなのだ。

曲作りに関して、当時、桜井から聞いた話

 実はこの「HANABI」を作ろうとしていた少し前、桜井はアコースティック・ギターを新調する。そして、アメリカを代表するシンガー・ソング・ライターであり、ギターの名手でもあるジェームス・テイラーのコピーをしつつ、よりアコギに習熟しようと励む。

そんな時、実はコピーではなく、書きかけてお蔵入りとなっていた曲のモチーフが、ふと浮かぶのだ。当初はメジャーの明るい曲として考えていたが、マイナーな憂いのある感じにしてみよう…。そしてつま弾く。やがてみなさんご存知の、あのセンチメンタルな「HANABI」のイントロのリフレインが出来上がっていくのだった。曲の構成が決まってくると、仮歌の作業となる。ここは具体的な言葉というより、ホニャララな言葉で歌っていく。その時、桜井はいつもとは違う感覚だったという。“普段とは違う口の開き方”をしていたというのだ。

具体的にはどういうことかというと、まだ仮歌であり、ホニャララな言葉とはいえ、自分でも今までにない新鮮さを感じつつ、メロディの輪郭を描けたということだろう(“口の開き方”というのは感覚的なことだけど、たとかば“♪シャーララ”とホニャララしてみるところを、その日に限って“♪ドゥアーラッパ”とホニャララしたとしたら、最終的に定着し完成形の歌詞となる言葉の性質も、ちがったものになるわけだ)。そしてこれは、ジェームス・テイラーをコピーして、演奏してみたという、そんな下地があったではないかと、当時の桜井は語っていたのである。

主人公が見ている光、とは?

 改めて、歌全体を聴いていくことにしよう。冒頭は、先ほども紹介したとおり、[どれくらいの値打ちが…]という問い掛けから始まる。その後、非常に重要な言葉が登場する。[輝き]だ。この場合、[輝き]というのは自分が生きていく上で[切り捨てた]ものでもある。それと引き換えにして[手に入れたもの]はあるのだが、主人公は釈然としない様子だ。

そのあと、[花火のような光]という表現が出てくるが、あくまで“ような”である。花火の閃光そのもの自体、一瞬の輝きなのだから、甚だ不確かな存在である。しかし主人公が求めるものは、まさにそれ、[切り捨てた][輝き]だ。もっと言うなら、成長とともに失われがちな、心の“イノセンス”だろう。

主人公の目の前にたちはだかるのは現実だ。[波風がたった世界]だ。果たして彼は、“臆病風”というアゲインストに打ち勝ち、乗り越えていけるのだろうか。この歌に答はない。でも聴いているうちに、自分と主人公が同化していく。[もう一回 もう一回]のあたりにくると、一緒に祈るように、この言葉を繰り返している。

水にまつわる曲作りのジンクス(?)

 金魚の水の話から始まったが、最後も水の話を。これは昨年、『Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving 25』のパンフレットで行ったインタビューからの引用であり、なんとも興味深い話なのである。

実は桜井、ドームやスタジアムに先立って行われた『Mr.Children Hall Tour 2017』のMCで、こんな発言をした。お皿を洗うとかお風呂に入るとか、いわゆる“水回り”の状況で、「よく曲が浮かぶ」というのだ。僕が行ったのは、この発言を受けての質問だった。もちろん、「HANABI」の金魚の話とも、関連があるからこそ訊ねたのである。すると、こんなことも話してくれたのだ。

「海も好きなんです。あと川も。ただ湖は、なんか苦手で。湖は、滞っているじゃないですか。(曲が浮かぶには)水が流れる音が必要なのかも」 つまり総ては[透き通ってく水のような 心であれたら]と、そう願うからなのだろうか。

なお、最後にこのことも。この作品は、実に演奏が生き生きしている。当時、バンドがホームグラウンドにしていたスタジオを離れ、都内の別のスタジオでレコーディングされたのがこの曲だが、それぞれが自らの楽器に新鮮な響きを感じたからこそ、好結果となったのかもしれない。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。でも新たな才能は、今日も産声をあげます。そんな彼らと巡り会えれば、己の感性も更新され続けるのです。
さてここ最近の収穫としては、宇多田ヒカルがプロデュースした小袋成彬の『分離派の夏』でした。歌詞は選りすぐられた言葉ばかりで構成され、純度が高い。本人のモノローグが冒頭と真ん中あたりに入ってて、さらに曲順も、イメージの広がりが半端ない、今どき珍しいくらい、アルバムらしいアルバムとも言える。彼のボーカルは澄み切っていて、無駄な響きが一切なく、でも奥行きもあり、歌の世界観を、余すところなく伝えている。他に似たタイプが居ないのも強みだろう。特に「門出」って曲が好きだった。