―― ご自身の推し曲、とくに思い入れが強い曲をあげるなら?
難しいけれど…、「砂のケーキ」と「Heaven」かな。どちらも、いつかやってみたいと思っていた世界観が、イメージ以上の形で収録できたので。
「Heaven」に関しては、クランベリーズの「ドリームス」のような曲を私も書いてみたかったんです。曲が始まった途端、日常生活から切り離されるような浮遊感があって、その世界に没入できる。メロディーはシンプルで、言葉に余白があって、受け取る世界観が大きくて、平和や愛をテーマにしたもの。それが昔からずっと書きたいと思っていた曲のひとつで、「Heaven」によって叶いましたね。
―― 「砂のケーキ」はどんなときに生まれた楽曲でしょうか。
友だちのライブを観に西永福に行ったのですが、着いたのが1時間半くらい早くて暇で。しかも住宅街で商業施設もなく、ただぐるぐる歩き続けていたら、小さな公園を見つけたんです。そこにシャベルが刺さった<まぁるい砂のケーキ>があって。その景色を目にしたのがきっかけで曲を書き始めました。
実際、歩き回って疲れてしまい、私はそんなにハッピーな気持ちではなかったので(笑)、その景色に<また君の理想に 届かないボクの 情けなくもあり 居心地の良い世界>という、含みのある物語をつけてみました。そんなふうに歌詞のアンテナはいつも立てていて、ふとした風景から曲が生まれることが多いですね。
―― <ひからびた砂の方が 何にだってなれる>というフレーズは、どのようなイメージから?
公園の砂はいろんな家族に形を変えられて。水で流されては平らになって、また誰かが新しい形を作る。そういう在り方がいいなぁって。今も昔も、目標や理想を高く掲げて、それに向かっていくことがよしとされる場面が多いじゃないですか。でも、「何にもならなくたっていいんじゃないか」と思う瞬間もあって。ひとを思いやって、楽しく生きられたらそれでいい。そんな気持ちも込めたフレーズですね。
―― また、この歌からは“ありのままでいいじゃないか”という思いを感じますが、今作の収録曲「Mirror」にも「Singing all day」にも<ありのまま>というワードが綴られていて、それは今の矢井田さんのマインドにも通じているのかなと。
ああ、本当ですね! 私、キーワードになるような単語が被っていないかチェックしたんですけど、意外と<ありのまま>は気づきませんでした。たしかに、それだけ今の自分のマインドなんだと思います。裏も表もあるけど、いつでもありのままでいることが大事、というか。もちろん自分の好きじゃない部分もいっぱいあるんですよ。ただ、「そういうところもすべて受け入れたい」という感じなんですよね。
―― 矢井田さんがとくに好きなフレーズを教えてください。
実は私、2番のAメロに言いたいことを入れるタイプなんですよ。曲頭から書くので、サビは曲の顔として別で考えるとして、いちばん調子が乗ってくるところなんでしょうね。たとえば「アイノロイ」の<引き返せない いばら道 荷物も随分重たい 「メンドクサイ」「モウヤメタイ」 よぎる言葉に蓋をして>とか。
「sigh sigh sigh」の<蕁麻疹のように 繰り返す トラウマ つけこまれるようじゃ まだ鍛え足りてないなぁ>とか。「砂のケーキ」の<無関心のふりをした 騒がしい傍観者 関わり合いすぎる 時代なんだもんなぁ>とか。「Heaven」の<ギザギザ言葉 とびかう大人 ほんとは寂しい プライドの奴隷>とか。改めて、すごく言いたかったことばかりですね。2Aに注目です(笑)。
―― それでいうと、「星空のクリスマス」の<オリオン座のおへそ ほら見つけたよ>も好きです。
あ、そこもたしかにいちばん気に入っています! バレていますね(笑)。星って、パッと浮かんでくるまでにひとそれぞれ時間差があるじゃないですか。誰かが「見えた!」と言った、その30秒後に、「あ、私も見えた!」みたいな。その楽しい感じを描きたくて書いたフレーズですね。
―― 矢井田さんが描く歌詞の主人公には、何か共通する特徴や性質はあると思いますか?
ちょっとマイナス思考で、自信がなかったりするけれど、キラキラしたハッピーな世界に憧れている。自分のネガティブな部分も嫌いじゃない。そんな主人公が多いですね。あと洋楽に多い、皮肉がきいた歌詞も好きで。大学で少しフランス文学や哲学を学んだことも影響していて、すかしていて斜に構えていてあまのじゃくなイメージの女の子もよく書いている気がします。
―― 曲を作るとき、どういう感情を切り取りたくなることが多いですか?
いろんなジャンルの曲を書いてきましたが、100%ハッピーみたいなものは苦手なんですよね。そういう作品に触れるのも、作るのも、自分がその状態になるのも苦手。「100%ハッピーなんてないだろう」と斜に構えてしまう部分が、主人公だけではなく私自身に昔からあって。失うのが怖いんだと思います。
おそらく「My Sweet Darlinʼ」で私を知ってくださった方が多く、曲調から、“元気な明るい女のひと”みたいなイメージを持たれがちかと思います。でもこの歌詞もよく読んでみると、わりと後ろ向きな女の子の片思いを描いていたり。必ず何%かは陰の部分の感情に着目して、切り取りたいという気持ちが、実はありますね。
―― どんなときに曲を書きたくなることが多いのでしょうか。
うーん、イヤなことがあったからこそ書ける気持ちは多いかもしれません。あと、“曲書き病”のような側面もあって。映画を観て感動すると、本当は何も考えずにまっさらな気持ちで泣きたいのに、「いいセリフをメモしなきゃ」と思ってしまうんです。
自分に悲しいことや悔しいことがあっても、自然に涙が出る一方で、どんな顔になっているのか鏡を見たり(笑)。いつもどこか俯瞰しているんですよね。それはもう曲を書く人間の性なんでしょうね。でも、そうして気持ちを歌詞にしていくことで、自分のバランスが取れているような気もします。
―― 矢井田さんにとって、歌詞とはどんな存在ですか?
私の破片と誰かの破片を繋いでくれるもの。ラジオや街中で曲が流れてきて、歌詞を読むことができないような状況だとしても、パッとワンフレーズが耳に入ってきたりするじゃないですか。そこでどの破片が刺さるか、ひとそれぞれ違うのもおもしろいですし。そこから曲を調べるという動作に繋がることもある。破片とはいえ、強い引力のあるものだなと感じます。
―― ありがとうございました。最後に、これから挑戦してみたい歌詞を教えてください。
私はまだ「I Love you」という曲を書いていないんです。「I Love You の 形」という逃げのタイトルはあるのですが(笑)。「I Love you」と言い切るタイトルを使えるのは、一生に一度だと思うので、ずっと寝かせていて。何度か、「この曲を“I LOVE YOU”と名づけようかな」と思ったこともありますが、「いや、まだだ!」と。おばあちゃんになってからかもしれないけれど、いつか「I Love you」を書きたいですね。