―― アルバムの入口となる「閃光弾とハレーション」は、強烈な光をイメージさせるタイトルですね。
いちばんキャッチーで勢いと速度感のある楽曲なので、お客さんをガッと捕まえられるなと1曲目に置きました。タイトルはプラスな意味合いだけではなく、“他者が放っている光”というニュアンスで書き始めたのを覚えています。その光を大多数が正解だと崇め、ついていこうとしている。でも、私は眩まない揺らがない自分で在りたい。だから、「輝いてんじゃねえよ!だったらこっちもこれぐらい光るから!」という感覚です(笑)。
―― サビの<幸福は二の次、で良きゃおいで>というフレーズ、ついていく側にも覚悟が要る、日食さんらしい強気なメッセージで好きです。
そう、覚悟は要ると思います。ひとによって<幸福>の概念って違うと思うんですけど、いわゆる、結婚して家庭を築いて社会である程度の安定力を持って…みたいなことが幸福だとは私は思わない。私にとってのそれはやはり、曲を飽きずに書き続けられること。だから<幸福は二の次、で良きゃおいで>というのはもっと正確には、「日食なつこ側の幸福で良きゃおいで」ということですね。
―― <生きてるだけでいいって そうじゃないんだ>というフレーズも、ありがちな自己肯定文をどこかもどかしく思う気持ちを代弁してくださっているかのようで。
ですよね!「生きているだけでいいんだよ」というメッセージが今、世の中に溢れていて。もちろんそれをまっすぐに受け取って力にできるひとも多いけれど、「私はそう思えないんだけどな。でもそういう風潮だから静かにしておこう」みたいなひともきっといると思っていて。そういう同志たちに向けて、「大丈夫。俺もいるから」という気持ちを伝えたくて書いたフレーズなんですよ。
―― そして、アルバムのラストを飾るのは「どっか遠くまで」です。
この曲をアルバムのどこに入れるか悩んだのですが、締めくくりの言葉としてもっとも相応しいかなと。「エリア未来」というツアーを沼能友樹さん、仲俣和宏さん、komakiさん、私という4人でまわったこと。そのあと、作品たちはこうして“銀化”したんだということ。いろんな説明の役割も担ってくれる歌だと思います。
「閃光弾とハレーション」では思いっきり高いところの光を見て。「夜刀神」では地獄みたいなところに、「ラスティランド」では遊園地に、「i」では過去に、「0821_a (remaster ver.)」では宇宙に行き。「五月雨十六夜七ツ星」では夏の空にちくしょー!って唾を吐き。いろんな冒険をして、いちばん最後に「どっか遠くまで」で地上に等身大で戻ってくる。それがアルバム『銀化』のストーリーですね。
―― この歌には、日食さんの人生の変化も描かれているように感じます。
そうだと思う。とくに出発地点の原風景が反映されていますね。最初は本当に<「どっか遠くまでゆけますように」「ひとりくらいなら愛せますように」>という、それしか願いはなかったんです。お金がないから、「ツアーを回るにしても、こことここしか行けません」とか、「マネージャーもついて行かせられません」とか、言われていた時代でしたから。
それが今、日食なつこチームというスーパーリッチなものが出来上がっている。だけど<何ひとつもう要らないとは それでも言えずに呆れているんだ>というのが現実なんですよね。だから<「どっか遠くまでゆくのがいつで、ひとりじゃないなら、ねぇ誰とどこで」>と答えを求めている過去の自分に対して、「あなたが今欲しいものはすべて手に入っているけれど、どうしても終わりじゃないんだよ」と伝えたい。そんな歌でもありますね。
―― また、全曲を通して聴いたとき、「ここではないどこかへ行きたい」という気持ちと、「この今が変わらないでほしい」という気持ち、矛盾するふたつの願いが同居しているような気もして。
ああ、それがまさに今の私のマインドそのものだと思います。今のチーム感はすごく好きだし、活動の規模感も自分に合っているし、このまま淡々とやっていければ幸せ。でも関わるひとが増えて、外からの意見がどんどん聞こえるようになってくると、「もっと行けるでしょう? なんでまだそこにいるの?」という声が多いんですよ。正直、私だけなら、「どっか遠くまで」の歌詞にあるように<何ひとつもう要らない>とも言えてしまうけれど。
―― なるほど。<何ひとつもう要らないとは それでも言えずに呆れているんだ>の“言えずにいる”理由は、ご自身の気持ちだけの問題ではないんですね。
はい、外的要素も自分のなかにすごく入ってきている。だから<何ひとつもう要らない>なんて言ったらダメだよな。「まだ行ける」と言ってくれるのなら、もう少し行ってみるか、頑張るか、という感じなんです。では、より上を目指すのか。このまま突き通すべきなのか。そこは今、日替わりの真っ只中で。そういう面がアルバム全体に表れているんだろうなと思います。
―― ご自身としては、幸せな現状に対する恐怖感みたいなものはありますか?
あります。幸せな現状によって停滞し、曲を書けなくなることの恐怖感ですね。私はそこだけなんです。曲が書けなくなることが何よりの恐怖。だからそうならないようにずっと逃げて逃げて、変えて変えて変えて。引っ越しも頻繁にします。とにかく何事もひとつの状況に滞らないようにと、意識し続けているところはありますね。
―― 書いた曲によってどうなりたいかではなく、曲を書くという行為自体が何より大事なんですね。
そのとおりです。それができなくなったら、私には社会に居場所が無いから。「曲を書くためだったら何でもします」という気持ち。もう書くことがすべての軸になってしまいました。音楽を始めた頃はまったくそんなつもりなかったのに、長く続けていたらいつのまにか…という感じです。
―― 今作の収録曲でとくに「書けてよかった」と思うフレーズを教えてください。
いちばんは「vacancy」の<高鳴った胸が 冷めやらねばそうであるほど 寄り添ってくれはしない世界を 俺たちは恨んでしまうだろう>かなぁ。たとえば、GWにどこかへ遊びに行って、「めっちゃ楽しかった! 帰りたくねー。でも帰らなきゃ…」という帰りの超満員電車。それは<寄り添ってくれはしない世界>であり、<俺たちは恨んでしまうだろう>なと。いろんな場面に当てはまるフレーズを書くことができたなと思います。
―― 日食さんはご自身の曲をあまり解析しないようにしているとおっしゃっていましたが、いろんな楽曲を作ってきたなかで、歌詞の主人公には何か共通する特徴や性質はあると思いますか?
どうだろう…。逆に井出さんから見るといかがですか?
―― 自立していて他者との距離が近すぎない、とか。「あなたがいないと…」みたいな主人公は少ないように思います。
あ、たしかにそれはそうだ。よくも悪くも自立している。何かは起きているけれど、とりあえず自分の足で立ってはいる、というキャラクター像がほとんどですね。意識しているわけではないのですが、自然と。
―― それこそ日食さんご自身の暮らしが反映されているのかもしれないですね。
そうなんだと思います。だって自分でいろいろやらないと、庭はジャングルになるし、豪雪で家が埋まるし。「あなたがいないと」とか言っている場合じゃない(笑)。やるしかない。そういう暮らしをしていると、それは強い主人公になっていきますよね。でも、すごく誰かに依存している主人公を書きたくないわけではないんですよ。むしろ、「私がそんな曲を書いたらどうなるだろう」という興味はあります。
―― 他にも、ご自身があまり書いてこなかったけど、挑戦してみたい歌詞はありますか?
バカップルラブコメみたいなのは書いてみたいな。今のところはいらないですけど、将来的にあったらおもしろいなと思います。でも今作の2曲目「風、花、ノイズ、街」は若干その怪しさがあるというか(笑)。おやおや…? という感じが漂ってはいるんですよ。だから書くとしたら、この歌の延長線上みたいな歌詞なのかな。まあ、私がそれを書くとしたら、タイアップでもつけてもらわないとなかなか難しい気はしています…。
―― ありがとうございます。最後に、日食さんにとって歌詞とはどういう存在のものですか?
導き、指標、目印、立て看板。「こっちだよ」って教えてくれるそういうものですね。だから、「こういう経験をして、こうやって解決したよ」みたいな“歌詞”という私のデータベースが、誰かの導きになればいいなと思っています。
―― たとえば「vacancy」なら、“夢が叶ったあと”の経験が歌詞になっていますね。
そうそうそう。「こういう落とし穴がありますよ」という話を、一度も聞いたことがないのと、聞いておくのとでは、その後の過ごし方が違うじゃないですか。だからいつか、「あ、日食なつこが歌っていたのはこのことか。じゃあ今はとりあえず落ち着いていよう」って命が助かるかもしれない。歌詞がそういうものであればいいなと思いますね。