シンガーソングライターのMurakami Keisukeが、12月4日に東京・eplus LIVING ROOM CAFE&DININGにてデビュー5周年と12月8日に迎える自身のバースデーを記念したワンマンライヴ『Kei's room vol.10 〜5th Anniversary & Birthday Live〜』を2ステージで開催した。本稿ではそれぞれ内容を変えて行なわれた同ライヴの1st SHOWの模様をお届けしたい。
会場はライヴハウスではなくCAFE&DININGということもあり、内装からしてお洒落な空間。落ち着いた雰囲気のある場内で、オーディエンスは全員テーブル席のソファやバーカウンターのハイスツールに座って、ライヴを鑑賞するというスタイルになっていた。この日の1st SHOWのチケットは完売。今回のために用意されたMurakami Keisukeオリジナルメニューやドリンクを味わいながら、ゆったりと開演までの時間を楽しんでいるファンの姿、客席と視線の高さがあまり変わらない低めのステージなど、目の前にはいつものライヴハウスとはまったく違う光景が広がっている。
開演時間になると、ホワイトベージュのセットアップに身を包んだMurakamiが、アコギを手に足早と登場。ひと足早くクリスマスツリーがバックにセットされたステージの中央にはハイスツールが一脚置かれている。ハイスツールに腰をかけたあと、アコギを構え、譜面台にiPadをセットし、軽く挨拶をすると、ステージは「風の名前」で幕を開けた。ブルージーなコード進行の中、Murakamiはサビで放つビブラートを微調整しながら少しずつ声量を上げていくというテクニカルな唱法で、風がどんどんと吹き抜けていく大空を歌声で描いてみせた。続けて、青く澄みきった大空にアップテンポの軽快なカッティングを響かせながら「ファンファーレ」を歌唱。メッセージ性の高いリリックで、さらに空の彼方まで続いていく道が広がっていく。
“「ファンファーレ」のようにアコギ一本でこれまでやっていない曲をいくつかお届けしたいと思います”とMurakamiが本公演について解説したあと、曲は「美しい人」へと続く。艶のあり、大人の気品が漂う歌声が香水の香りようにフワッと場内に広がるところは、まさにMurakamiの大きな魅力のひとつだろう。この瞬間、場内はまるでホテルのラウンジを思わせるようなラグジュアリーな空間へと入れ替わる。この曲では歌詞に合わせて持参した黄色いひまわりを静かに振るファンも見受けられた。
次の「あなたがここにいないこと」は、豊かな中音域でジェントリーなムードが広がり、そこから地声とファルセットを行き来するサビは大人の男性の切ない感情の変化を滲ませている。この緻密に計算された尽くした声と喉のコントロールに、歌の語尾を少し遅らせたり、上げたりする歌い回しで、J-POPのウェットになりそうなバラードソングをあくまでもサラッと洋楽っぽくお洒落に聴かせるところにも彼のすごさを感じざるを得ない。
そのMurakamiがさらに本領を発揮していったのが次からのブロック。“節目となるライヴですし、せっかくだから自分のルーツを意識して書いた、まだ世に出ていない新曲の中でもお気に入りの一曲。それを今回はギターの弾き語りでやりたいと思います”と未発表の新曲「Muse」を披露。自身にとって音楽、両親、恋人など大切なものをテーマに歌ったというこの曲。英語と日本語をミックスした歌詞を違和感なく滑らかに聴かせる美しい発音、歌詞にない“ンッ”というブレス音を使ってグルーブを生み出す絶妙なタイミング、ブラックミュージックのマナーに則ったR&Bサウンド、ここではラグジュアリーさが倍増したヴォイスを思う存分堪能できた。
“自分が何をやりたくて音楽をやっているのか?”と自問自答する姿が垣間見れる「なんのために」をパワフルながら圧を感じさせない、抜けのるある歌唱で歌い上げる。続けて、“村上佳佑”から“Murakami Keisuke”に表記を変えてリリースされた最新曲「Midnight Train」も歌われた。2022年でデビュー5周年を迎え、「なんのために」でこれまで意識的にJ-POPというフィルターを通して表現してきた自分に一度区切りをつけ、自分の根元にあるソウルミュージックを素直に表現する方向へとシフトした、記念すべき同曲について、Murakamiは“日本の音楽シーンでこういうの音楽をやらせてもらえている。それをリリースできているって、いい意味で変態ですよ(笑)”と言いながらも、表情はとてもにこやか。“手を叩いて!”と観客へクラップを求めたMurakamiは、クラップに合わせてシティポップなサウンドを鳴らし、その音に観客は自然と身体を揺らしていた。そのまま既存曲の中でもソウルのエッセンスを感じさせる「Nothing But You」へとつなぐと、観客たちはノリノリでリズミカルなクラップを揃えてみせ、場内にはたちまちファンキーでグルービーな世界が広がった。そんなフロアーを嬉しそうに見つめながら、Murakamiは“Hey!”と曲中に声を上げ、さらにフロアーの熱を高めていく。
Murakami Keisukeとして発表した「Midnight Train」、村上佳祐の「Nothing But You」...そこに通じているソウルフルな彼の楽曲には自身が大切にしてきた信念が詰まっているように感じた。そして、スタッフがボックスを持ってステージに上がる。なんと、Murakamiがボックスから引いた番号札の観客をステージへ招き、その人のためだけに曲を歌うというサプライズ演出が。これにはファンも狂喜乱舞。選ばれた女性がステージのハイスツールに着席すると、その女性を見ながら“緊張しますね”と声をかけた彼は、そのまま女性の目を見つめながらバラード曲「RED」を熱唱した。真っ赤な照明、ノーブルな愛を誓う同曲は、彼女にとってきっと素晴らしいクリスマスプレゼントになったはず。さらに、この女性にはこのあと、会場の入口に飾ってあったMurakami Keisukeのウェルカムボードに直筆サインを入れたものもプレゼントされた。
こうしてライヴもいよいよ終盤戦へ。先が見えなかったコロナ禍の時期、自分にエールを送るように書いた「Alright」は、少しだけ先が見えるようになった今、後半にいくにつれて一緒に歌いたくなるような高揚感が生まれる。さらにここでサプライズが! デビュー前、彼が一躍脚光を浴びるきっかけとなり、これまで何度も歌い、ファンとともに育ててきたNIVEAブランドのCMソング「まもりたい〜この両手の中〜」を披露したのだが、この日は動画、写真撮影がOKとなり、ファンがスマホで撮影できたのだ。そして、「風の名前」で幕を開けたライヴの最後に選ばれたのは空に祈りを込めて書かれた「空に笑う」。心に深く染みわたっていくやさしい声で歌い上げ、本編を締め括った。
アンコールでは集合写真を撮る時に“カモーン!”といきなりファンキーなかけ声でカメラマンを呼び込んでみたり、伸びた髪の毛を見せて“上げていないと今はこんな長さなの。なんだろう? スケベなのかな?(笑)”と言ったり、ジェントリーな歌とは真逆でファンも大好きな“けいちゃんトーク”で観客を大いに笑わせていた。ラストソングとして彼のライヴでは定番の「泣いてもいいよ」を、聴き手ひとりひとりを包み込むように届けて全編が終了した。
デビュー5周年の節目となった今回の『Kei’s room』を通して、これまでの村上佳祐とこれからのMurakami Keisukeをクロスオーバーさせるライヴの糸口ははっきりと見えた。2023年はこの糸口のさらなる先を目指して、自分を解き放った活動をしていくだろう彼に、もう期待しかない。
撮影:ゆうゆう/取材:東條祥恵
村上佳佑
ムラカミケイスケ:1989年、静岡県生まれのシンガーソングライター。幼少期に5年間、アメリカのジョージア州アトランタにて生活し、帰国後は静岡県富士市で高校生活を送った後、京都府の立命館大学へ入学。大学時代に出会ったメンバーで、話題を集めたアカペラグループ・A-Z(アズ)を結成。09年にフジテレビの『ハモネプリーグ』で番組史上最高となる99点で優勝し、各所から称賛を得た。11年まで同グループで活動するも大学卒業を機に解散。その後ソロに転じ、本格的に作曲を始める。16年にクリス・ハートの乱読ライヴ、47都道府県ツアーにコーラスとして参加。そして、『NIVEAブランド』の16~17年のCMソング「まもりたい~この両手の中~」にデビュー前のアーティストとしては異例の大抜擢。17年6月にミニアルバム『まもりたい』を発売した。18年11月に自身初となる1stアルバム『Circle』をリリース。21年に3カ月連続で配信シングルを発表し、22年4月に配信シングル「Alright」を発表。同年6月にデビュー5周年を迎え、配信シングル「なんのために」をリリースし、7月に京都での初ワンマンライヴ『Kei’s room vol.9』を開催する。