2021年10月に最新アルバム『十里の九里』をリリースし、さらに今年1月15日にかつしかシンフォニーヒルズモーツァルトホールでデビュー50周年を記念したライヴ『おかげさまで50年+2』を開催したことを契機に、本格的なライヴ活動を再開させた鈴木康博。コロナ禍を乗り越え、『十里の九里』で新たな顔を見せ、アコースティックギター1本を抱えて各地のライヴハウスを丹念に回るという彼の意欲的な姿が、多くのリスナーに笑顔や活力を与えていることは想像に難くない。デビューから半世紀を経て“百里を行く者は九十を半ばとす”という言葉を実践している彼は生粋の音楽家と言える。
そんな鈴木が“鈴木康博 LIVE 2022 ~十里の道も九里が半ば special”と銘打ったライヴを、10月15日に渋谷区文化センター大和田さくらホールで行なった。“special”という言葉に相応しいバンドを従えた形態のホールライヴということで、同公演を観たいと思ったリスナーは多かったようだ。当日は多くのリスナーが会場に駆けつけ、場内は開演前から華やいだ空気に包まれていた。
場内の照明が暗くなって客席から盛大な拍手が湧き起こり、ロックンロールが香る「夢キッスR70」で幕を開ける。ステージ中央に力強く立って硬派な雰囲気の歌声を聴かせ、70年代から愛用しているIbanezのARでテイスティーなギターソロを聴かせる鈴木。その凛とした姿と、心地良くロールするサウンドにオーディエンスの熱気は一気に高まり、ライヴは上々の滑り出しとなった。
「夢キッスR70」を聴かせたあと、鈴木が“今日は本当に、ようこそいらっしゃいました”と挨拶。“まだ、(コロナの)感染者数が少なくないんですね。そんな中、危険を冒して来ていただきまして、ありがとうございます。今日は『鈴木康博 LIVE 2022 ~十里の道も九里が半ば~』というツアーの拡大版であります。間に休憩なども挟みながらですね、ゆっくりみなさんと楽しんでいけたらなと思っております。よろしくお願いします”と語り、ソフトなスローチューンの「心の言葉」を披露。続けて、AOR感を湛えた「夜はふたりで」と、タイトなサウンドとキャッチーなメロディーを活かした「一億の夜を超えて」が演奏された。オフコース時代の2曲に客席からは一体感にあふれた手拍子が起こり、ライヴは実にいい空気感で進んでいった。
その後はソフトケイトされたロックンロールテイストを打ち出した「幸せまでもうちょっと」やウォーム&メロディアスな「2050」、アコースティックギターとキーボードでセンシティブに聴かせる「花を愛でるように」といった『十里の九里』に収録されたナンバーを続けてプレイ。キャッチーなメロディーや凝ったコード進行、70歳を超えた自身の心情をリアルに綴った歌詞などがフィーチャーされたこれらのナンバーは非常に完成度が高く、さらに世界観がくっきりとしていることが印象的だ。最新の楽曲たちも本当に魅力的で、鈴木が今なお進化し続けていることを強く感じさせられた。
アコースティックギター1本と鈴木の声だけで憂いを帯びた深みのある世界を構築する「映画」を聴かせたところで前半は終了となり、15分の休憩が入る。パンデミック下の公演ということを鑑みて、こういう気遣いを見せることにも拍手を贈りたい。
インターバルを経て、後半は「現実ってヤツは」からスタート。パワフルなサウンドで再び場内のテンションを高めたあと、心に染みる「男のバラード」や、鈴木の温かみのあるヴォーカルやダイナミクスを効かせたサウンドが光る「だから歩け歩け」、オーディエンスがひとつになって同じ振りをして賑やかに盛り上がった「対 ~ペア~」などが演奏された。
幅広い楽曲をフルメンバーやアコースティックギターとキーボードのみ、アコースティックギター1本の弾き語りといったフレキシブルな形態で聴かせる構成はメリハリが効いていて、観飽きることがない。また、ベテランらしくいい感じに肩の力が抜けていながらダラダラした雰囲気ではなく、常に“ピン!”とした緊張感が漂っているのも実にいい。このあたりも鈴木のライヴを何度も観たくなる大きな要因になっていると言えるだろう。
“ここから賑やかにいきたいと思います”という鈴木の言葉から終盤へ。どっしりとしたミディアムテンポの「素敵にコンプレックス」やオーディエンスの気持ちを柔らかく引き上げる「Believe In Our Smile」、煌びやかなサウンドと穏やかなヴォーカルを活かした「光ある日々」などが届けられた。こういったナンバーを聴くと、鈴木が普遍性を備えた楽曲を作ることに長けていることを強く感じる。オフコース時代のものも含めて彼が書く楽曲は時代を経ても色褪せることはなく、時代を超えて胸に響く力を持っている。そんな上質なナンバーを相次いで聴かせる流れに、深く惹き込まれずにいれなかった。
本編のラストソングには「燃ゆる心あるかぎり」が演奏された。さまざまな表情を見せるライヴを光や希望を感じさせるスローチューンで締め括る流れが見事に決まって、鈴木がステージから去った場内は感動的な余韻に包まれていた。
ロングツアーの大きな節目となる場で、“良質”という言葉が似つかわしい、ハイクオリティーなショーを繰り広げた鈴木康博。心地良い瞬間や心を揺り動かされる瞬間などが連続して訪れる彼のステージは本当に魅力的で、年季の入ったリスナーをも虜にする力を備えている。また、今年の春に鈴木を取材した際、自分たちよりも若い世代の人も来てくれるようになってきていると語っていたが、本公演でそれが事実であることが分かった。そのことも含めて鈴木の物語がまだまだ続いていくことは間違いないので、今後の彼の動きにも大いに注目していきたいと思う。
取材:村上孝之
鈴木康博
スズキヤスヒロ:1948年、静岡生まれ横浜育ち。中学生でアメリカンポップスに影響されてギターを弾き始め、高校在学中に友人の小田和正らとオフコースを結成。70年にシングル「群衆の中で」でデビューし、コンサート動員、レコードセールス等、音楽史に大きな足跡を残す。82年に全盛期のオフコースを離れ、83年にアルバム『Sincerely』でソロデビュー。自身はもとより、映像作品の音楽制作、他アーティストへの楽曲提供、プロデュースなど幅広く活動を展開。数多くの作品を発表し、ソロ、バンド、他アーティストのとのコラボ、ライヴ活動も積極的に継続中。その音楽性はもちろん、ますます磨きのかかったギターテクニックは多くのミュージシャンに影響を与え続けている。22年1月に東京・かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホールにて活動50周年を記念した『鈴木康博LIVE 2022 ~おかげさまで50年+2~』を開催し、その模様を収めたDVDが5月にリリースされる。
