それはただ、ポジティブなだけの光ではなかった。むしろ、悲しみや怒り、悔しさ、迷い、無力感とかやるせなさといった誰もが心に抱える影をつぶさに暴いては、時にその全てを柔らかく包み込むような、時にそのひとつひとつに体当たりして火花を散らすかのような。最新アルバム『Cとし生けるもの』を携えて、バンド史上最大規模となる全国13カ所を回ったリーガルリリーのコンセプトツアー『Light Trap Trip』、その最終日である7月5日の東京・Zepp DiverCity(Tokyo)は、決してひと言では形容しようのない輝きに満ちて、観る者をことごとく魅了する圧巻のステージだった。
この“Light Trap Trip”において、彼女たちが掲げたコンセプトは『Cとし生けるもの』の収録楽曲「セイントアンガー」の歌詞にも綴られている《みんな光りかた探していた》に集約されるのだという。アルバムリリース時、当サイトのインタビューにて“曲が出揃った時、自分と他人を比較して“自分の輝きってどうなんだろう?”と思い返すような曲が多いなと気づいた”“私たちは弱いけど、輝き方はたくさんあるし、自分だけの光り方を探すしかない”と語ってくれた海(Ba)。加えて、アルバムタイトルの“C”とは炭素を表す元素記号であり、その配列によっては黒鉛にもダイヤモンドにもなること、その落差が人間っぽくもあって、黒鉛にもダイヤモンドにもそれぞれ光り方があるのではないか、とも話した。つまり、“みんな光りかた探していた”とは人間の生きる意味、その本質を照らした、このアルバム最大のテーマだと言っていい。そんな今作をより深く体感できるものにと掲げられた“光”にフォーカスした今回のコンセプトは、例えば、ほぼ暗闇の中をほのかなグリーンのライトだけを頼りに進むという、会場のロビーから客席に至る来場者の動線にも忠実に反映され、また、装飾的なセットは一切、削ぎ落とされながらも楽曲に応じて多様な照明表現を効果的かつふんだんに取り入れた演出によって、一曲一曲に描き出された世界観はよりいっそう立体的に具現化されて、オーディエンスの網膜と記憶に鮮やかに焼きつけられたに違いない。
開演を待つ間、BGMとして流れていた川のせせらぎと虫の声は3人が登場するとともに消え、束の間の下りた静寂の帳もまたたちまちのうちに切って落とされた。たかはしほのか(Vo&Gu)の甲高いディストーションギターが場内をつんざき、それを追いかけてゆきやま(Dr)がスティックをダイナミックに振り下ろし、海の太いビートが唸りを上げ、無二のバンドアンサンブルが朗々とほとばしる。オープニングを飾ったのはアルバムでも1曲目に配されている「たたかわないらいおん」。3ピースならではの躍動感にあふれた演奏に乗せて《今日も僕は願うから》と伸びやかなハイトーンヴォイスを飛ばすたかはしの、その透明感の中に鋭い覚悟を忍ばせた歌声にのっけから心臓を鷲掴みにされた。
“リーガルリリーです。今日はよろしくお願いします。最後まで楽しんで帰ってください”(たかはし)
挨拶もそこそこになだれ込んだ「風にとどけ」のシャープな推進力、続く「東京」に宿ったただならないスケール感がオーディエンスの高揚を力強く牽引。後半のMCにて“今まで光についてたくさん曲を書いていたなと思いまして、そんな光の曲をセットリストのいろんな場所に散りばめました”とたかはしが明かしたとおり、『Cとし生けるもの』を主軸にしつつも「1997」「ぶらんこ」など随所に差し込まれたこれまでの楽曲たちがフックとなって、ライヴ全体の勢いをひと際加速させているのも実に印象的だ。そうして、たかはしによる詩の朗読から始まった「蛍狩り」。歌の大半がポエトリーリーディングで構成されたこの曲は前半戦のハイライトと呼べるだろう。たかはしの唇が淡々と紡ぐ独白にも似た物語は、暗闇の中でわずか数灯のみ点された裸電球のよるべなさも相まってすさまじい求心力でオーディエンスを引き込み、切実さをはらんで繰り返される《輝きを放て》のフレーズと生命のダイナミズムさえ感じさせる轟々たるアンサンブルはこの場にいる全員を物語の主人公にして刹那の希望へと導く。歌詞に歌われる《あした死んでしまうぼく》が見た蛍の幻想的な緑色の光とは、この日、この会場で我々を客席まで誘ってくれた光とも重なるのではないか。そう気づいてまたも心が騒いだ。
曲を重ねるごとに切々と祈りのように募りゆく歌と演奏。彼女たちが震わす空気の振動に、音に乗るという範疇を超えて魂レベルで全身がシンクロする。そんな我を忘れるほどの陶酔からやさしく意識を引き戻してくれたのは、再び場内に響き渡った川のせせらぎの音と虫の声、3人の背景に浮かび上がった仄暗くも涼やかなきらめきを湛える川面の映像だった。時間にすれば1分ほどのインターバルだが、そこから「GOLD TRAIN」の爆発的なブライトネスとともにライヴはポップにしてアグレッシブな後半戦へとドラスティックに舵を切り、それに連動して客席の盛り上がりも静から動へと一気に切り替わるから面白い。ライティングに加えて映像が取り入れられたことでより輪郭を濃くする楽曲の世界観。そうした中で特に異彩を放っていたのは「教室のドアの向こう」だろう。彼女たちをそれぞれに照らすライトが背景の壁に3人のシルエットを大きく映し出すというごくシンプルな演出、けれどシンプルであればこそ、リーガルリリーというバンドの存在感をこれほどに感じさせるものもない。同時に頭をよぎるのは、このツアーのコンセプトである“みんな光りかた探していた”だ。光り方を探すということは、すなわちどこにどんな影を落とすのかということにもきっとつながる。光と影は表裏一体で、ともすれば影はネガティブなものにとらえられかねないが、考えてみれば影こそはその存在が確かにあるという証明に他ならない。今、目の前にありありと浮かんで、大きく躍動している3人の影は、リーガルリリーがリーガルリリーとしてまさにその音楽を轟かせているという事実そのもので、その事実にどれほどのオーディエンスが励まされていることだろうか。
“お日様が照っている時、影はずっと自分についてきます。光がある場所にはずっと私だけの影がついてきてくれる。影の色は黒だけど、その黒には無限の色が凝縮されているんだな、そんな暗闇に支えられているんだなと自分の影を見て初めて思いました。いろんな人を支えている黒についての曲を歌います”
「セイントアンガー」を前にそう客席に語りかけた、たかはし。ひとりひとりの日常に息づく、救いようがなくけれどかけがえのない感情を丁寧に拾い上げて音楽に昇華せんとする彼女たちの意志が、一語一句、一音一打に宿ってオーディエンスに手渡されていくのがはっきりと分かった。
アンコールでは夏(8月10日)にデジタルEP『恋と戦争』を配信リリースすることが本人たちによって告知され、このライヴの翌日に先行リリースとなる「ノーワー」を初披露。たかはしの弾き語り、《君は全てを体に入れてトイレで吐いた。吐いた。》というショッキングな一行から始まるこの曲が、今年の春に起こったあの戦争をモチーフとしているのだろうことは、そのタイトルも含めておそらく客席の誰もがすぐに察しただろう。だからと言って、これが安易に反戦を訴えるような楽曲ではないことも。《許せなかった》《消し飛ばされる》《ノーワーノーワーのごり押し》《対立》《あまりにも弱すぎて》——歌詞の全貌は分からずとも、断片的に聴き取れる穏やかならざる単語たち。たかはしのあどけなさを残した声で歌われるから、なおのこと胸の奥深くに楔となって打ち込まれる。海が刻む抑制の効いたベースライン、ゆきやまの叩き出す歯切れのいいリズムも耳にはとても心地良く、だからいっそう、ただならなさがリアルに迫って逃れようもない。あり得ないと思っていたことが次々と現実になって立ち現れている今、綺麗事は綺麗事に過ぎないこと、建前は建前でしかないことを彼女たちは容赦なく突きつける。そうした今を生きるしかない私たちに、そして、もちろん彼女たち自身にも。思えばリーガルリリーはいつだってそんなふうにして世界と対峙しながら、そこで感じたもの全てを身体の中に取り込んでは吐き出して音楽を紡ぎ続けてきたのではなかったか。それこそこの曲の冒頭に綴られた歌詞のように。3人の音楽に明確な示唆はない。ただ、触れた人の琴線に引っかかる何かは無数にあって、その“何か”が彼女たちの音楽をその人にとっての自分事にする。「ノーワー」だってきっとそう。遠いどこかのファンタジーでは終わらない、のっぴきならない生々しさにすっかり捕らえられてしまった。
そう言えばこの日、ツアータイトルの命名者である海によって“Light Trap”が灯火に集まる虫を捕らえるライトであること、彼女たち自身がその光となって“みなさん(=オーディエンス)を集めたい”という気持ちで今回のタイトルがつけられたことが明かされた。ならば、捕えられて正解というところか。ちなみに7月5日は海がバンドに加入した日であり、メンバーの間では“海の日”と呼ばれ、とても大事にされている記念日。現体制となって4周年を迎えたこの日は、バンドとしてのすごみとまだまだ底知れないポテンシャルを見せつけた夜でもあっただろう。併せて今秋には3人の敬愛するバンドを招いた2マン企画『cell,core』を東名阪にて開催することも発表した。彼女たちが放つ輝きはますます大勢の人々を惹きつけることだろう。その光の先にどんな影が生まれるのか、それもまた楽しみだ。
撮影:MASANORI FUJIKAWA/取材:本間夕子
リーガルリリー
リーガルリリー:東京都出身のバンド。高校在学時より注目を集め、国内大型フェスや海外でのライヴ出演も果たす。19年にアメリカ合衆国で開催された『SXSW 2019』へ出演し、同年に行った中国ツアーも全公演ソールドアウトした。20年に1stアルバム『bedtime story』、21年4月には1st EP『the World』をリリースし、同年はTVアニメのタイアップや配信シングルを立て続けに発表した。22年1月に2ndフルアルバム『Cとし生けるもの』をリリースし、同月からホール公演を含む東名阪ツアーを開催する。