“むぎちゃんのいるところが天国だから、配信で全国が天国になりました!”
ライヴが終わった時に流れてきたコメントを見て、“その通り!”と全力で頷かざるを得なかった。新型コロナウィルス拡大の影響を受けて、途中で中止になってしまったツアー『そっちいってねっこほって』を完結させるべく、7月19日に行なわれたむぎ(猫)初の無観客生配信ライヴ『そっちいかずねっこほる』。オモシロ映像も挟み込んでストーリー仕立てで展開された公演は、むぎ(猫)の冒険物語であると同時に、観る者に本当の幸せの在り処を教えてくれた。
今回は“宝探し”がコンセプトのツアーということで、夢の中に現れた神様の命令により、まずは宝のヒントを知る猫を探す冒険の旅に出たむぎ(猫)。夜を思わせる青い照明の下、「夢から醒めた夢」でリズミカルな木琴演奏と愛らしい歌&ダンスを披露するむぎ(猫)は、演奏中の“うんっ”という掛け声といい、MCでの息切れといい、まったくいつもの通りだ。“この写真一枚から、どんなふうに猫ちゃんを探したらいいんだろう?”とつながれた「どんなふうに」では、演奏を仕切り直す場面もあったが、実に5カ月振りのライヴということを考えればそれもご愛敬。“歌って踊って木琴叩いてハァハァ息切れする猫のミュージシャン”という世界で唯一無二のオリジナリティーに、改めて顔と心がゆるむ。
山奥の一軒家を訪ねる某テレビ番組風の映像で、むぎ(猫)は遂に探していた猫・キッサちゃん(フィンランド語で猫の意)と出会うが、お笑いのネタをふんだんに盛り込んだトークにコメント欄は爆笑の嵐! そして、宝の地図を持つ“さとしちゃん”を探す道中で別れ道に行き当たると、“キッサちゃん、ふたりで両方の道を探そう!”と8ビートの「AとBと」をロックに叩きつける。《二つ迷ったとき 選ぶのは 一つじゃなくてもいい》という歌詞が胸に熱く染み、むぎ(猫)のエモーショナルなエアギターにはコメント欄も拍手喝采。かと思いきや、その後のMCではなんとトシちゃんのモノマネまで飛び出すという、このハイセンスな笑いとシリアスなメッセージの絶妙なブレンド具合こそ、むぎ(猫)の愛される所以である。
そして、むぎ(猫)のもうひとつの武器が、そのキュートな見た目からは想像できないほど振り幅の広い音楽性だ。ピコピコ音がレトロな王道テクノ曲「履いてくノロジー」では同期音に負けぬハイスピードで木琴をプレイして、“テクノロジーの進化は忙しない。でも、こうして配信が見れているのも、そのおかげ”と納得のひと言を。グッズのタオル紹介に続く「My Favorite Towel」では《ボサボサのバスタオル》という歌詞にリンクしたボサノバ風の癒し系サマーチューンを、むぎ(猫)には珍しいファルセットで届け、透明度の高いマリンバの音色も絶妙にマッチ。視聴コメントを借りるなら、まさに“ジャンルなんでもいけるむぎちゃん”である。
さとしちゃんとのダジャレ勝負で宝の地図をゲットし、休憩を経て後半戦に突入すると、地図を頼りにやってきた場所にはクリスマスツリーのような大木が! 鈴を鳴らして「クリスマスに何します?」でライヴを再開させ、どこを掘るか話し合いで決めるべく、童謡テイストの「ネコ会議」を指揮するというストーリーに沿った展開と、随所に挟み込まれた小ネタで、観る者をグイグイ惹き込んでいく。さらに、アカペラから始まった名曲「ギフテッド」では素朴な響きが観る者の胸を優しく抱きしめ、歌い終えたむぎ(猫)も“躓いた時、画面の向こうのみんなから“頑張って!”の声が聴こえました。その声がギフテッド”と感慨深げ。さらに“歌うことによって気持ちが前向きになった!”とも告げたが、裏を返せば、こちらはむぎ(猫)の音楽を聴くことで前向きになれるということである。「ねっこほって」で“ここ掘れニャンニャン”と踊り、《きっといつかはヒーロー?》と歌うむぎ(猫)にコメント欄では“もうヒーローだよね”との言葉も贈られた。
ついにお宝のバウムクーヘンを掘り当てたということで、手焼きバウムクーヘンに挑戦するものの失敗してしまう映像では、“なりたい自分になれなかったとしても、新しくなりたいものを探すこと、挑戦することが大事”というポジティブなメッセージも発信。また、宝探しを命じた神様も“仲間がいて、いい思い出ができて、美味しいものがある。それだけで天国みたいじゃないか”と告げ、行動が制限されて不平不満を漏らしがちな現代社会をバッサリと一刀両断する。その場を天国にするも地獄にするも考え方ひとつ。大事なものに目を凝らせば、ステイホームだって天国なのだ。
ここで、本来ならツアーの東京公演に出演予定だったというDJみそしるとMCごはんを呼び込んで、ふたりで作ったコラボ曲「ミラクルバウムクーヘンアドベンチャー」をプレイ。ふたりで腕を掲げて放つラップも息ぴったりで、コメント欄も“OC yo!(おいしーよ!)”コールで盛り上がり、歌詞通りの“相乗効果”を生み出していく。“パート分けしてるから歌うの楽だと思ったら、ずっと動いててはーはーソングになった”とはーはーしつつ、“出会った仲間、観てくれてるみなさん、全てが宝物だなと心から思っています”と伝えて、純朴なピアノ音から始まったのは代表曲「天国かもしれない」。カリプソ感のあるマリンバが涼やかに響き、“むぎちゃんのおかげで、今日はおうちがヘヴン”と流れたコメントに、きっと誰もが共感したに違いない。
“むぎ(猫)の冒険はこれで終わりじゃない!”とラテンなビートでタオルを回した「流れ星」に続き、本編ラスト曲「三億年後に会いましょう」では“みんなも星ゲットしてね!”と、カメラの向こうに星型のサインボールをスロー。エモーショナルなロックチューンで、むぎ(猫)と一緒にコメント欄も“ら~ららら~ら”と合唱するが、このサインボールは視聴者の自宅に抽選で送りつけられるとのことで、ライヴ後までお楽しみが続くのも嬉しい。アンコールでは『ざんねんM組 むぎ八せんせぇ』なるドラマの主題歌「奢る お蕎麦」が映像で流れ、スーツを着たむぎ(猫)の姿に、またしても爆笑が! 一転、“これからどういう状況になっていくか誰もわからないですけど、みなさんを楽しくできることを探していきたい”と真摯に誓い、最後の最後に贈られたのは「ちいさなうた」。“今日みなさんがぐっすり眠れるように”と、真っ直ぐな歌声で綴られたやさしい子守唄はラストにぴったりで、“むぎちゃん大好きだよ”“素敵な時間をありがとう”と感謝の言葉が並んだのも当然だろう。
“ありがとう、またね”と囁いて退場すると画面が切り替わり、9月9日にリリースされる『窓辺の猫 e.p.』から、つじあやのをフィーチャリングした表題曲のティザー映像もサプライズで初公開。ふたりのどこまでもやさしい歌声と温かなサウンドは、鼓膜に届くだけで泣けてしまう効果があり、“なんて素敵な曲なんだ”“つじさんとの声の親和性やばい”“涙が止まらないんですけど”と、コメント欄は大絶賛の嵐になる。聴く者の心を揺らして解きほぐし、“大丈夫”と勇気づけてくれるむぎ(猫)の音楽は、コロナ禍で疲弊している今の社会にこそ必要なものであり、大きな癒しを与えてくれる――そう確信できた2時間だった。
撮影:飯島春子/取材:清水素子
むぎ(猫)
ムギ カッコ ネコ:1997年7月東京生まれ。02年沖縄に移り住み、09年1月に永眠。5年間の天国暮らしののち、14年3月にカイヌシのゆうさくちゃんによる手作りの新しい身体を手に入れ、再びこの世に舞い戻る。“天国帰りのネコ”として新しいニャン生(人生)を満喫し、ニンゲンのみなさんたちを楽しませるために歌い、踊り、楽器(主に木琴)を演奏する。17年には『FUJI ROCK FESTIVAL』に“猫界初”となる出演を果たし、19年3月にアルバム『君に会いに』でメジャーデビュー。