クラブカルチャーからシンガーのキャリアが始まったこともさることながら、彼女は子供の頃から教会でゴスペルに触れていたというから、MISIAが幾度目かのベストアルバムとなった『MISIA SOUL JAZZ BEST 2020』において再びソウルジャズをフィーチャーしたのは必然であったのだろうが、デジタル技術が行き着くところまで来た感のある今日の音楽シーンにおいて、このタイミングでルーツミュージックを提示してきたのは興味深いことだし、これもまた必然と言っていいと思う。
このノリはコンピュータでは作ることができない...ということでもないのだろうけど、少なくとも生のステージにおいて演者同士のアンサンブルによって生まれる複雑なグルーブはその場限りのものでしかない。その意味では同作を携えてビッグバンド編成によるコンサートを行なうというのは時代へのカウンターでもあると言える。MISIAの歌もミュージシャンの演奏もAIになんか絶対に真似できない。
歌声に圧倒されて何度も鳥肌が立った。本来、感動した時に“鳥肌が立つ”とは言わないらしいが、本当にそうだったのだから仕方がない。正直に告白すると、ダンサーもいないので派手なパフォーマンスもないだろうし、スクリーンがないということは映像演出もないだろうから、総勢30名に近いミュージシャンがバックを務めているとは言っても、今どきのコンサートとしては地味じゃなかろうか...と事前にはそんなことも思っていた。少なくともアリーナ向けのライヴではないだろうと。だが、そう思ったことを反省するし、後悔すらしている。
ビッグバンドを従えようが、1万5,000人を前にしようが、MISIAの歌はそれらに引けを取らないばかりか、大人数のバンドメンバーおよび大観衆と対峙することで、そのスペックが何倍か増したようであった。全ての楽曲がハイライトと言えるような公演で、彼女の歌はどれもこれも素晴らしかったが、その中でも観客の多くに強烈なインパクトを与えたのは「オルフェンズの涙」だったと思う。特にアウトロで見せたMISIAとサックスとの掛け合いは凄まじいまでの迫力に満ちていた。
楽曲がバシッとカットアウトで終わると、驚嘆に近い息遣いが大勢のオーディエンスの口から漏れるのがはっきりと分かった。そこから一拍を置いて、文字通り割れんばかりの拍手が鳴った。その時の場内の空気はまさに筆舌に尽くし難く、強いてビジュアル化するなら“......!!!!!!”という感じであっただろうか。長年いろんなライヴを拝見させてもらってきたが、こんな瞬間に立ち会ったのは間違いなくこれが初めてである。
撮影:Masaaki Miyazawa、Junichi Itabashi、Santin Aki/取材:帆苅智之
MISIA
昨今、隆盛を誇る女性R&Bブームの火つけ役的存在。98年、シングル「つつみ込むように...」でデビュー。低音域がやたらと気持ちいい高度に洗練されたバック・トラック、伸びやかでいてソウルフルそしてメロウな響きをもつ遥かに日本人離れした超絶ヴォイスが話題となり、大ヒットを記録した。注目すべきは、本作が全国のクラブ・シーンを中心に草の根的に盛り上がっていった点であろう。そして、同年発表の1stアルバム『Mother Father Brother Sister』は250万枚を超えるメガ・セールスを挙げ、本格派R&Bシーンのメイン・ストリーム化に大いに貢献した。その後もコンスタントに秀逸な作品をリリース、その人気・地位を不動のものにしていく。コアなクラブ・キッズからの支持を受けつつも、大衆的な成功を勝ち取った稀有なアーティストではないだろうか。