至って自然体な立ち上がりだった。初の武道館ワンマンとはいえ、オープニングから落ち着き払ったプレイを見せながら、田村明浩の歪んだベースソロなどをきっかけにギアを上げていく。すると、まるでホットカーペットが効き始めるようにじわじわと温まりだす場内。スピッツ史上稀に見るマイペースな展開に一瞬とまどいを覚えるも、今回のアリーナツアーがリリースとは無縁の特別な夏祭りであることを思い出すと、この自由奔放な雰囲気とパフォーマンスがとてもしっくりくる。現に、コアファンは序盤にしてすでに恍惚の表情を浮かべている。
武道館について、メンバーが和やかに語る場面も見られた。“ここでライヴをやってこなかった深い理由なんて何もないんだけど、“目指せ、武道館!”みたいなムードの時代があってね。でも、俺らは天の邪鬼なので、別に目指してないしとか言ったりして”と草野マサムネ(Vo&Gu)が胸の内を明かすと、三輪テツヤ(Gu)も“なんでやらなかったんだろうね? 若い時に絶対やらないなんて言っちゃったからかな(笑)。しかし、武道館ってもっとデカくて客席も遠いもんだと思ってたら、案外近く感じられていいね。スピッツは思ったよりもちっちゃいでしょ? 170(cm)ないんですよ”と続き、田村は“別に武道館でやったからって、解散するわけじゃないんで”としつこいほどに繰り返して笑わせる。
それにしても、予想以上にマニアックかつ新旧入り交じりの選曲で攻めてくれたのが嬉しかった。きっとメンバーがファンを楽しませようと考えてくれたのだろうし、メジャーのトップアーティストがいわゆるヒット曲に頼らないライヴをするのは、つまらない慣例を破る快感があって、非常にロックな気概を示していたとも取れる。そんな中、思わぬタイミングで「涙がキラリ☆」や「愛のことば」(フジテレビ系ドラマ『あすなろ三三七拍子』主題歌)といった嬉しい悲鳴が出てしまう名曲を挟み込んできたりもする。油断させておいて、後ろからブスリ!みたいな感じで。そうしたさすがの変態性を含め、素晴らしい楽曲を生み出し続けてきたスピッツゆえの妙技は、後進バンドにとって刺激的なものであっただろうし、観客も二度と戻らないこの時を焼きつけていた。
演奏力の高さにも舌を巻くばかり。ピッチなどがほとんどズレない音源並みの精緻さに加え、生ならではの躍動感も見て取れる。その揺るぎないパフォーマンスは誰よりも尖っていることを静かに滲ませたものであって、何かを振りかざすような大仰さはゼロ。すなわち、スピッツは主に真摯な演奏と楽曲の力だけでライヴを成り立たせていたということだ。それを1曲ずつシンプルに積み重ねるたび、会場全体にさわやかな一体感が生まれ、満たされた気持ちはどこまでも持続していく。コール&レスポンスやモッシュがなくてもこんなにもオーディエンスを高揚させられるのは、ミュージシャンにとって理想のかたちではないだろうか。実際、草野が最初のMCで“いつも通りの感じでいいですよね? oi!oi!みたいなのできないから”と笑いながら話すシーンもあった。
後半のメンバー紹介タイムでは、サポートのクジヒロコ(Key)も交えてディープな武道館トークへ。“武道館はチープ・トリックの印象が強いかな”(草野)、“俺もそうだよ。だから、最初チープ・トリックモデルのベース弾いてたんだよ。メンバーとして入りたかったのはアイアン・メイデンだけど”(田村)、“エアロスミスも観に来たなぁ。上の方の席で寝ちゃったことがあって、スティーヴン・タイラー怒ってたかもしれない(笑)”(草野)、“ヒゲ濃いところが(マサムネは)ロビン・ザンダーに似てるよね。私はホワイトスネイクを観に来て、前から2番目だったんだよ。一緒に行ったのが奥居香ちゃんで、ふたりでカッコ良い~って。スティーヴ・ヴァイが”(クジ)、“俺は小学校の時に剣道の試合で来たね。試合前に合同練習するんだけど、始まる時に‘はじめ!’って言って太鼓をドン!って叩くのね。すごく厳かな気持ちになるんだよ”(?山龍男/Dr)、“俺はガンズ・アンド・ローゼズを観に来た時にすごい端っこの席でさ、全然観えねぇの! モトリー・クルーで来た時はステージの後ろだし、そん時、ドラムが上がってグルグル回るんだけど、人力でやってるのが丸見えでね(笑)”(三輪)。
80'sディスコミュージック感あふれるキラキラなギターリフとキーボード、押せ押せのダンスビートに、観客のハンドクラップが乗っかった「エンドロールには早すぎる」。田村と?山のリズム隊がパワフルに駆け抜け、クジのアコーディオンが映えまくり、さらに全員での合唱もありで、アイリッシュパンクばりに疾走する「野生のポルカ」。そんな近年のナンバーで要所をガンガン盛り上げていたのも印象的だった。“楽しい夜をありがとうございました。たぶん将来、あの日は最高だったなって思える夜になったんじゃないかと。また新たなスタートということで続けていきたいです”と最後に語った草野。その表情からは笑みがこぼれていた。結成27年、デビュー23年の彼らが、スピッツとしか形容できない音楽で、安心感とドキドキを満喫させてくれた濃厚な2時間半。このバンドの凄みも十二分に再確認できました。