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新曲の主人公は
<昨日を生きていたい>朝帰りの女の子…。

シンガーソングライター“吉澤嘉代子”が2017年10月4日に、2nd Single「残ってる」をリリース!タイトル曲は、昨年にライブで初披露され、音源化を待望されていた人気楽曲です。描かれているのは、朝帰りの帰り道、夏と秋の狭間にひとり“残ってる”女の子…。その姿にぜひ、みなさんの恋心も投影してみてください。ちなみに、この主人公はある友達のお話がきっかけで誕生したんだとか!そんな歌詞の秘話、妄想力や夢についてのお話、アナザーヴァージョンを共に奏でた伊澤一葉のピアノの魅力、などなど、ひと言ひと言を丁寧に語ってくださいました!
(取材・文 / 井出美緒)
残ってる 作詞・作曲:吉澤嘉代子 まだ あなたが残ってる
からだの奥に残ってる
ここもここもどこもかしこも
あなただらけ
でも 忙しい朝が
連れて行っちゃうの
いかないで いかないで
いかないで いかないで
私まだ 昨日を生きていたい
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INTERVIEW
昨日ちょうど
「アカサタシワラクタさん」
のことを…。

吉澤嘉代子さんといえば、これまで“妄想個性派シンガーソングライター”という肩書きが印象的でしたが、今回のプロフィールからは“妄想個性派”というワードが無くなっていますね。

photo_01です。

吉澤:あ!本当ですね。今、気がつきました。これはね…いつもスタッフさんたちと引っ張り合いっこしている言葉なんです。たしかに私は、主人公を立てて物語として曲を描いているので“妄想系”ではあるんですけど。でも、アーティストは皆さん、妄想で作っている部分も何%かはあるだろうし、個性派って自分で言うのもちょっと…とか。そう思うところもあり「この言葉は外れませんかねぇ?」って意見と「つけた方がいいんじゃない?」って意見のせめぎ合いをしてきたんです。でも今回のシングル「残ってる」は“妄想系”と名乗らなくてもいい曲かなって、判断してもらったんだと思います。

嘉代子さんが幼い頃から持っているというその“妄想力”は、歳を重ねるにつれてちょっとずつ進化しているものなのでしょうか。

吉澤:どうですかね…。もともと私の妄想は、生きる術としてのシェルターみたいなものだったんですよね。現実とのバランスを取ってくれて、自分をずっと支えてくれているものだったんです、子どもの頃は。でも今はそれが音楽という仕事になっているので、そう考えると難しいですけど…。

シェルターが、成長と共に大きくなっている感覚ですか?

吉澤:あぁ、今までは妄想とかそういう大切なものが、繭みたいに自分を包み込んでくれていたと思うんです。でも私の体の方が大きくなったことで、今はそれを自分が抱えて生きているようなイメージですね。だからシェルター自体の大きさは変わってないんですけど、自分の成長に合わせての対比は変わってきていると思います。

妄想とも違いますが、私は嘉代子さんの見る夢のお話が好きで…。夢でしか会えない「せっちゃん」という男の子や「アカサタシワラクタさん」という憧れの人がいらっしゃるんだとか。

吉澤:そう。夢は毎日のように見るので、朝起きるとiPhoneのメモ帳へ自然と記録しているんですけど、自分のなかで、とくに大事な夢として残っているものがあって、それが「せっちゃん」とか「アカサタシワラクタさん」のような夢の住人に会えたときの記憶なんですよね。その大切な人が時期を見て、私の夢に現れているんじゃないかと思っていて。あ、昨日ちょうど「アカサタシワラクタさん」のことを久しぶりに考えていました。

夢で会ったのですか?

吉澤:いや、昨日はずっと眠れなかったんです。目を閉じても、お仕事のことや自分が出来てないことばかり浮かんできて。私はそうやって脳が覚醒しているときに、脳内で人の会話が途絶えなくなってしまうんですよ。それこそ夢の住人たちの声なのかなって思うんですけど。ワーッ!ってものすごい勢いで、みんなが喋っているんですよね。で、その状態にすごく疲れてしまって、何か良いことを考えようって思ったときに「アカサタ」さんのことを思い出して、その人に守られている…っていうテイでいましたね。

その夢の住人たちは何を話しているんでしょうか。

吉澤:本当にくだらない世間話とか、文句とか…。もうとにかくうるさかったので、一度起きて「いい加減にしてくれ!」って言ったこともあるんですよ。そしたら、ダッ…と黙って、ヒソヒソヒソヒソ…「だから言ったじゃない…」とか、また会話が始まって、私は先生みたいな気持ちになりました。疲れてるとね、そういうときがあります。大抵そのあとは金縛りにあってツラいんですけど、昨日は救世主の「アカサタ」さんに助けられました。

たとえ夢でしか会えない人だとしても、現実で生きている自分を助けてくれるのなら、その人に夢で会えたことは現実の思い出と同等な気がしますね。

photo_01です。

吉澤:それすごくわかります。他人の夢の話ほどつまんないものはないとかってよく言うし、夢だからってバカにしちゃうんですけど、実際どっちが真実の世界なのかわからないというか。肉体の痛みがあればそれが現実なのかとか、夢が実は表の世界なんじゃないかとか、本当は全部が地続きになってるんじゃないかとか、考えますね。夢は忘れちゃうけど、夢を見ている間だって現実を忘れちゃってるわけだし…。どこかでリンクし合っていて、どちらも真実なのかもしれないですよね。

また、先ほど「主人公を立てて物語として曲を描いている」とおっしゃっていましたが、ライブなどでは“吉澤嘉代子”からその“主人公”になるスイッチを入れるんですか?

吉澤:そうですね。あと、何かから解除されるような気もします。ステージに立つと、自分にスイッチを入れて、その主人公になりきるって感覚と、逆にいつも自分をがんじがらめにしているものを、その瞬間だけは解放できるという感覚の両方があるんですよ。私は結構、自分のままで振る舞うっていうのは厳しいときがあって。誰かになりきることで、守りの装置が解除されるというか。

そういえば、嘉代子さんは他のインタビューで、ご自身のリアルな心情が綴られたフレーズを「気持ちが悪い」っておっしゃっていたりしますよね。

吉澤:こう…作者として歌の純度が濁るかなって。やっぱり子どもの頃から、架空の世界の存在に救われてきたので、自分のやりたいことも、そういう物語の機能を持ったような音楽を作ることなんです。だから、そこに私の言葉が入ると、自分の欲望みたいなものを感じるというか、私利私欲に負けてしまっているような感覚になるんですよね。なんか、主人公の気持ちを歌って、自分から遠ざかれば遠ざかるほど、楽になれます。

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