
―― 今作に収録されている「霞日和」「Starry Smile Story」「Message Card」は、それぞれ異なる魅力を持ちながらも、“コブクロらしさ”が色濃く表れている楽曲だと感じました。まるでコブクロの軸を成す三本の柱のような印象があります。
小渕 「そう感じてもらえたらいいな」と思っていたので、嬉しいです。とにかくツアーの前に新曲を書こうと思って、5曲くらいバババッとできたうちの1曲が「霞日和」で。すでに去年からやってきていた「Starry Smile Story」はあったので、違うベクトルのものをさらに4曲くらい作ったうちのひとつが「Message Card」なんです。まさに僕も、今のコブクロならではの三本の柱を作ることができた気がしていますね。
―― 「霞日和」はどのように生まれた曲でしょうか。
小渕 普段は詞先で曲づくりをするのですが、今回は先にメロディーから景色が見たくて、ギターで一小節ずつ丁寧にメロディーを弾いていきました。まずAメロを紡いで、少し戻して、また進めて。そうやってサビにたどり着いて。そして、なんとなく全体像ができたときに<まだ さよならできない さよならがあります>という言葉がふわっと乗ってきて、「そうか。この歌はそういう歌なのか」と思ったんですよね。
―― メロディーを紡いでみて、歌詞が見えてきたのですね。
小渕 そうですね。絵でいうと、サビのワンフレーズが浮かんだときに、やっと色鉛筆を持つことができたような感覚です。「誰かが誰かを思っている。だけど、その別れは悲しいままではなくて、どこか光に変わっている」という淡い景色が見えてきました。
自分にも、「あのおかげで今も頑張れている」という経験はありますし、リスナーの方からのお手紙にも、そうした想いが綴られていることが多いんです。だからこそ、そういう気持ちが繋がっていく場所を描きたいと思いました。それは斜め上の場所にあるのかな、というイメージから<寄り添い合い 登る 坂道>というフレーズが生まれて。そんなふうに、ゆっくりと見えてきた景色を歌にしたかったんですよね。
―― タイトルはどのようにたどり着いた言葉なのでしょうか。
小渕 歌詞を書いているうちに浮かんできたのが「霞日和」という言葉だったので、まさに歌ネットさんで検索したんです。すると、他のアーティストの曲タイトルにも歌詞にも使われていませんでした。さらにGoogleで調べても、「“霞日和”という言葉は存在しない」と出てきて。それで「やった!」と思って、タイトルにしました。
“霞”には切なさやしっとりとした気持ちを込めています。その一方で、この歌には「思い出して明るい気持ちになりたい」という景色もある気がして、そこを“日和”という言葉で表したかった。そうして生まれた造語が「霞日和」です。
―― 黒田さんは、最初に曲を聴いたときの印象はいかがでしたか?
黒田 正直、「霞日和」という言葉の意味がわかりませんでした。「いや、霞やろ」と思ったんですよ。歌うときのイメージも、“日和”的なものは少ないほうがいいし、僕は“霞”重視で歌いたいなと。でも、小渕さんはそういうネガティブすぎるものはあまり好きではないですから。「小渕は日和要素を足していきたい、俺は足さない。その戦いやろうな」と思っていましたね。
―― 黒田さんが“霞”重視だ、というところは小渕さんに伝えましたか?
黒田 いや、歌入れで伝わるだろうと思いました。歌ったときに、「ちょっとその歌い方だと重い」って言われるんじゃないかなと。
小渕 歌は僕がすべてディレクションしているのですが、黒田は歌入れで3テイク歌ってくれたんです。その3テイク目がすごくしっとりしていて。「OK。あともう1テイクだけお願い」と言ったら、「うん、わかった」と。そこで4テイク目を録って歌入れは終わったんですけど、僕が思い描いていた「霞日和」に近かったのは、その4テイク目でした。明るさもあって、「これでいけるな」と思ったんですよね。
―― “日和”の要素が濃い歌い方だったんですね。
小渕 そうそう。でも、翌日に黒田が来て、「やっぱり3テイク目に録ったやつで全部いきたい」って言うんです。「そうかぁ…」と思って、いったん3テイク目をメインにしてもう1回作り直してみて。そして、それを聴いてみたら、「たしかにこっちのほうが聴き手に委ねられるものが大きいな」と感じました。
黒田 僕としては、3テイク目の段階で歌入れは終わったと思ったんです。でも、「もう1回だけ違う解釈で歌って」と小渕に言われて、「ん? やっぱり来たか…」と(笑)。まあ社会人なので、「いや、3テイク目がいい」とはその場では言わずに、明るめの4テイク目も歌ったんですよ。ただ、やっぱりどうしても3テイク目がよくて。結果、“霞”寄りでいかせていただきました。
―― この曲は、黒田さんがメインで歌っていて、かつ小渕さんのハモりもいつもより控えめですよね。そのぶん、主人公の輪郭がより際立っているように感じました。
小渕 そうなんですよ。ひとりで歌うと、主人公の感情が濃くなるんです。だから僕はファルセットのコーラスで景色に奥行きを加えながら、できるだけ存在感を抑えておきました。そして、2番の<春になれば>で、ぶわーっと光景に色がつくようなイメージにしたかったんです。
―― 歌割りはどのように決められたのでしょうか。
黒田 とりあえずすべてを歌って、「すごくいいね」ということで決まりました。
小渕 僕が2番のAメロで出てくるのもありかな、と思っていたのですが、黒田の歌を聴いたら、「いやいや、この歌には敵いません。俺の歌はいらん」という感じだったので、黒田メインで行こうと。
―― 一度、すべて歌ってみてから決めるのですね。
黒田 そうなんですよ。でも今回は僕がフルでしたけれど、最後までバーッて歌ったのに、サビしか使われないこともあって、もうイヤになりますよ!
小渕 そういうことがあるんですよね。
黒田 何のために歌った? サビだけでええやないか!って。
小渕 まず全部聴きたいんですよ。聴かせてよ、俺だけには。そして基本は僕がジャッジしますが、最終的には話し合いで決めますね。
黒田 実は「蕾」も、最初は俺もAメロを歌っていたもんな。
小渕 そうそうそう。
黒田 「Aメロは絶対に俺がいい」って言ったんですけど、当時のワーナーミュージックの社長が、「わかった。でも、この歌は小渕のほうがいい」とジャッジして、あの形になったんですよ。ひとりの主人公が展開していくほうがいいのか、ふたりで歌ってポップにしたほうが聴きやすいのか。その正解が僕らと当時の社長とでは違った。でも、それがあれだけ世に浸透したわけですから、音楽って難しいですよね。
―― 「霞日和」で、黒田さんが歌っていて「いいな」と思ったフレーズを教えてください。
黒田 僕は「いいな」とは思わないんですよ。「そんなことを考えて生きていくんやね、お前は」っていつも小渕に思う。たとえば、<どんな 冴えない顔で見つめても 静かに開く 画面のロック>とか。ああ俺、人生で一度も思ったことがないなって。
―― 日常のなかのすごくさりげない一瞬ですもんね。
黒田 そんなこと思って生きています? 「今日の俺、こんな冴えへん顔なのにロック開くんや」って思ったことないし、この歌詞を見たあとも二度と思わない。だからやっぱり小渕の人間性なんですよ。女々しいでしょう。
小渕 女々しくないわ(笑)。
―― ロック画面の写真を<無機質な風景に変えた>というワンアクションを、歌詞の入口にされる視点もおもしろいです。
小渕 僕、ロック画面って、大好きなんですよ。みんな自分にとって何か意味のあるものにしているじゃないですか。でも、スマホって時々、待ち受けにしていた写真が誤作動で変わってしまうことありません?
―― ああー、シャッフル設定になっていたりして。
小渕 そうそう。それでまた元の写真に戻しますよね。だから、ここは事故的な体験から生まれたフレーズなんですよ。写真が変わってしまったときに、「あれ?」って戻したくなる気持ちを表現したいなって。この歌の主人公は、仲のよさそうなふたりの写真を見るのがツラくて、自分で変えたんだけれど、「やっぱり変えたくない。まだ見ていたい」と感じている。そういうニュアンスが伝わるといいなと思います。
―― 先ほど、最初に出てきたのは<まだ さよならできない さよならがあります>というサビだとおっしゃっていましたが、そこからどのようにこのAメロが見えてきたのですか?
小渕 実は、そのサビから最初にできたのは<君にもらった 記憶の小箱 涙の淵に沈めたくない>という2番Aメロだったんです。そして、<鳥が鳴いてた 霞日和>と、曲タイトルが冒頭に出てくる。つまり1番Aメロと2番Aメロが逆の構成でした。でも、何回も聴いているうちに、「いや、霞日和になるのはまだ早い。それは2番だな」と思って、歌詞を入れ替えたんですよ。
だから、もともとは<無機質な風景に変えた朝 ただ それだけで 想い出ごと 消し去られたようで>というフレーズが、<春になれば いつも 同じベンチで 並んで写した 待受写真>というサビに繋がるはずだったんです。そうやって読んでいただくと、「たしかに」と感じていただけると思います。あえて逆にしたことで、ストーリーがより奥深くなりましたね。
黒田 誰かに<記憶の小箱>ってもらったことあります? ないですよね。<記憶の小箱>って言ったことあります? ないですよね。<記憶の小箱>って何やねん。
小渕 いいやんけ!
黒田 <小箱>って、ものすごくインパクトのある、意味のない言葉ですよね。コ・バ・コ。か行で挟んである。このメロディーのなかで、俺がいちばん残っているの<小箱>ですもん。記憶の箱ならわかるけど、「小箱かぁ…」って思う。目の前のこのペットボトル、「小ペットボトル」って分けないでしょう。そこに大小をつけてくるのが小渕らしいなと。
―― でも、たしかに小渕さんは見えてきた絵に描かれているものが、「小さいペットボトル」だったら、歌詞にも「小さいペットボトル」と細かい描写までされる気がします。
小渕 そうだと思います。すべての言葉に意味があるというか。<小箱>も、僕が小さいアンティークのアクセサリーをいくつか買ったときがあって。そのひとつひとつにすべて小箱がついてきたんですよ。「いや、こんなに小箱いらんけど」とも思ったんですけど。それを眺めながら、「大事なものをこうやって小箱にひとつずつ入れるんだな」と感じたことが、この歌でパッと出てきたんでしょうね。歌詞って、本当に僕の日常なんですよ。