第65回 森高千里「私がオバさんになっても」
photo_01です。 1992年6月25日発売
 本当に「新しい」ものって、最初はちょっと違和感を伴ったりする。「私がオバさんになっても」という歌を知った時が、そうだった。“曲のタイトルにオバさんてどうなの?”。正直、そう思った。

しかし“オバさん”にこだわった自分は、未熟だったかもしれない。タイトルに相応しい言葉と相応しくない言葉を、勝手に選別していた。そもそも“適切”なんてものは、特にポップスの世界では、激しく変化していくのに…。正直なところ、当時の僕は、曲名のあまりのインパクトに、たじろいでしまったのだ。
実はこの歌、あくまでアルバムの1曲として誕生した。タイアップなら、最初から“お題”があったりするが、そうじゃなかった。なので本人も、自由にアイデアを膨らますことが出来たのかも知れない。

そこに、嬉しい知らせが届く。「この曲をドラマの主題歌に」。そんな依頼が舞い込む。斉藤由貴が相撲部屋の若女将として奮闘する、『まったナシ!』というドラマだった。それもあり、シングルとして日の目をみることとなる。
じわじわ浸透する。それまでは男性ファンが主体だったが、この曲で女性ファンが増える。初の「NHK紅白歌合戦」出場も果たし、1992年12月31日。紅組司会者は石田ひかりは、「すべての女性に勇気を与えた歌です!」という言葉とともに、森高をセンター・マイクへと送り出した。

実はお蔵入りの可能性もあった

 ここで当時の森高の曲作りをみてみよう(曲作りといっても、主に担当したのは歌詞だが…)。まず何人かのレギュラーの作曲家に対して、発注することから始まる。そして、出来上がってきたものに、彼女が詞をつける。ひとつの候補曲に、複数の候補詞が生まれる場合がある。「わたしがオバさんになっても」は、そんなケースのひとつだった。

書き下ろされたものを「候補曲A」とするなら、そこに「候補詞B」や「候補詞C」が生まれた。結果、採用されたのはBで、「あるOLの青春」というタイトルになる。彼氏と別れ、暇を持て余すOLの、飾らない日常が描かれた作品だった。では、採用されなかったCは、どうなったのだろうか。これはこれで、もしかしたら、「面白いものになるかもしれない…」。そんな可能性を秘めていたのだ。

森高千里とビートルズ

 彼女の身近なスタッフに、ビートルズに造詣が深い人物がいて、彼女は自然に、このバンドに親しんでいた。作詞にも影響を与える。有名なのが、「渡良瀬橋」と「PENNY LANE」の関係だ。ともに床屋さんが出てくる(詳しくはこの曲に関して書く機会に)。そして「わたしがオバさんになっても」ならば、「When I'm Sixty-Four」である。ポール・マッカートニーが書いたものであり、彼がティーンの頃に原型をつくり、父親がその年齢、64歳になった時、改めて完成させたものだった。特に印象深いのは、初老となった歌の主人公が、恋人に対し、「いまでも自分を必要としてくれるか?」と問いかけてる部分だ。その“女性版”として発想されたのが「わたしがオバさんになっても」なのである。

女に“盛り”などあるのか、という疑問

 「いまでも自分を必要としてくれるか?」という問い掛けは、大きなヒントになったと思われる。さらにこの曲の場合、こんな具体的なキッカケもあった。実際の歌詞で言えば、[女ざかりは19だと]の部分である。それは彼女の耳に、何気なく聞こえてきた言葉だった。仕事場にいるのは、彼女より年上の男性が大半で、彼らの何気ない会話であった。しかし彼女には、聞き逃すことが出来ない表現、というか、正直、ちょっとカチンときた。果たして女の“盛り”は一生に一度きりなのか? 既にこの時、森高は成人していたこともあり、そんな疑問が湧き上がるのだった。

なぜ一方的に、男性はそんなこと決めつけるのだろうか?すかさず彼女は歌の中で、[わたしがオバさん]の頃はあなたも[オジさん]で、カッコいいこと言ってても[お腹が出てくる]と反撃している。また、それまでの自分のパブリック・イメージの重要部分であった“ミニ・スカート”も歌詞に盛り込み、歌の主人公と実際の自分とを至近にすることで、説得力の増強にも努めている。

言葉選びはユニークでも、伝えたいことは真っ当

 これは森高の作品に共通することでもある。「わたしがオバさんになっても」は、女性の側から男性へ、恋の賞味期限を問い、出来ればそれが永遠であることを願う内容だ。つまり、伝えたいことはいたって真っ当なのだ。最近もユニークな歌詞を売りにするロック寄りの女性シンガー・ソング・ライターは珍しくないが、肝心なのは言葉のインパクトではなく、何を伝えたいかであることを、森高から学ぶといいのではないだろうか。

彼女の作品のなかには、他にも「ハエ男」や「テリヤキ・バーガー」など、傑作が多い。どれもいっけん、表現はユニークだが、伝えたいことは真っ当だ。しつこいようだけど、この言葉を繰り返して終りにしたい。最後に、僕が何度も取材するなかで彼女から聞いた言葉で、とても印象に残っているものを引用させていただく。

「よくいろいろな方から、“これってすごく森高っぽいよね”って言われることがあるけれど、私はけして、狙ってやったことは一度もないんですよ。かといって、積極的に“狙わないようにしよう”というわけでもない。だって、“狙わない”と決めること自体が、“狙ってる”ことなんですから」
(『月刊カドカワ 総力特集・森高千里』(94年9月号より)
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。でも新たな才能は、今日も産声をあげます。そんな彼らと巡り会えれば、己の感性も更新され続けるのです。
先日、現代タンゴの巨匠、アストル・ピアソラのCDを聴こうとした時のことです。彼が操るのはバンドネオン(タンゴで使用されるアコーディオン)。強烈なスタッカートで曲が盛り上がっていきました。すると、その瞬間、僕は目の前に、ある男の姿を思い浮かべたのです。それは、高橋大輔さん(アスリートは現役退くと、「さん」づけになるんですよね)。高橋さんは、ピアソラの曲を演技に使用していたので、つい思い浮かんだわけなのです。そのスタッカートのところではコンビネーション・ジャンプが。そのあと演奏が滑らかに流れると、今度はステップ・シークエンスが…。いやはや何とも。聴いてた曲は、彼が実際に使っていたのとは違うものだったけど。