玉置浩二にインタビューしたのはたった一回きりであり、しかもだいぶ前の話である。その時のことを、今更ここで書いたとしても、今現在の彼を知る手助けにはならないだろう。
でも、あまりにも印象的だったので、その後も記憶が薄れることはなかった。そして、自分の人生において印象的な出来事というのは、ついヒトに話したくなるものなのである。
職業柄、様々なアーティストにインタビューしてきた。おしゃべりな人、無口な人、理路整然と話す人、それとは逆に、感覚的な人。玉置浩二の場合はどうだったのかというと、まず冒頭、彼からこんなリクエストが伝えられたのだ。
「面と向かって話すより、並んで話そう」。
取材場所は都内のレコーディング・スタジオだった。僕はこの提案を受け入れ、我々はミキサー卓の前に並んで座り、それぞれ前方(ガラスの向こうがスタジオの内部)を見つめながら会話を始めた。改めて言うが、これは雑誌の取材。視線を交わさずインタビューするなんて、通常、有り得ないことだった。
面食らった。しかしすぐさま、これもいいもんだなと思い始めた。よくドラマなどで、主人公たちがカウンターに並び、しみじみとした会話を交わすシーンがある。そこでの台詞は、腹を割った本音であったりもする。
初対面の、しかもこれは取材なので、しみじみと本音を、ということではなかったが、お互いが前方を見つめたインタビューは、むしろ程よい距離感を生み、取材は成功であった。なので感謝している。でも、どうして彼が「並んで話そう」と言ったのか、その真意は今も不明のままだ。
稀代の名曲「メロディー」について
彼のキャリアといえば、昨年末に37年ぶりの紅白出場を果たした安全地帯も名高いが、今回はソロ名義の作品のなかから選んだ。まっさきに思い浮かんだのは「
メロディー」である。
まっさきに、と書いたが、それはあくまで、今現在の状況を踏まえてのことだ。今でこそ彼の代表曲のひとつだが、そもそも10枚目のシングルとして1996年にリリースされた際は、すぐ大評判となったわけではなかった。むしろ次のシングル「
田園」のほうが、即座に人気に火がついた。
コンサートで歌っていくうち、じわじわと浸透していったのだ。こうした“じわじわ作品”の特徴はふたつある。まず、歌のテーマが普遍的であること。そして、当の本人が、“歌い飽きない”作品であることも重要である。その典型的な作品が「メロディー」だろう。
シンプルな構成のバラードだが、歌い回しの端々に、計算し尽くされた感情表現が施されている。日本最高峰の歌唱力のヒトならではの奥深さが響く。
「メロディー」
1996年5月22日発売
Sony Records
玉置浩二
1958年生まれ。北海道出身のシンガーソングライター。1982年バンド“安全地帯”としてデビュー。「ワインレッドの心」、「恋の予感」、「悲しみにさよなら」など80年代の音楽シーンを席巻。ソロ活動で作詞も手がけ始め、「田園」「メロディー」をはじめとする多くのヒットを生み出す。 2012年には、オリジナルレーベル・SALTMODERATEを発足。2022年にはソロデビュー35周年そして安全地帯デビュー40周年を迎えた。