遠い星じゃなくたって

 2023年1月25日に“塩入冬湖(FINLANDS)”がミニアルバム『大天国』をリリース!塩入がソロ名義でミニアルバムを発表するのは、2020年9月発売の『程』以来およそ2年4カ月ぶり。今作はプロデュースおよび編曲をいちろー(ex. 東京カランコロン)が担当し、レコーディングにはゲイリー・ビッチェ(Dr/モーモールルギャバン・ヤジマX)、及川晃治(Gt)、鷲見こうた(Ba/ズーカラデル)、カメダタク(Key/オワリカラ、YOMOYA)、柴由佳子(Vn/チーナ)が参加しております。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな塩入冬湖による歌詞エッセイをお届け!綴っていただいたのは、今作の収録曲「遠い星じゃなくたって」にまつわるお話です。かつては、自身を恋愛に対して“気楽でいられる”タイプと思っていたそうですが、実際のところは…。みなさんは恋したとき、心はどんな状態になりますか? ぜひ歌詞と併せて、このエッセイを受け取ってください。



私ははじまった恋愛において気楽な人間だと思っていた。
はじまった。という表現も些かよくわからないのだが、関係に名のついたもののこと。
 
ややこしくもなく、割り切っていられて、互いの幸せを互いが味わい尽くしてそれからいいところを持ち寄り生きていきましょう、その方が愉快じゃない。制限なんて設けず気楽にやっていきましょう。
とさえ思っていた。はずだった。
 
結論から言うと違った。
 
恋をして、一緒にいることに名前がついてからずっと私はややこしくて面倒だ。
ねえ、何してるの誰といるの、何の話してるの? 全然思う。平気で思う。
家に着いたら電話をしてね。
ちゃんと寝る前に連絡してね。
全然言う。
顔から火が出そうになるような心だ。
 
過去を思い返してみればそんなことどうだっていいと思って日々を過ごしていた。
恋人を好いている。という以外に心を使うことはなかった。
 
浮つく心を持つ気もなければ、浮つかれたところで心がおかしくなるなんて微塵も思ってもいなかったので、その後の様々な可能性に一々頭を悩ませること等なかった。
 
そんな心で暮らしていた私からしたら考えられない、これは大きなショックだった。
 
小さすぎる。
浮気? 浮気なんてバレなきゃされても構わないわ(キリッ)
嫉妬? 相手を信じているから問題ないの。
モテる男の方がいいじゃない? とか。
 
昭和の大スターの奥様方のようなセリフ。
 
言えなかったんだー!言えないタイプの女だったかー!と気付いたその時の心と言ったら見窄らしくて仕方がなかった。
わたしは紛れもなく言えない方の女であった。
正しくは言えない女に着地した。
 
買い被っていた。私は私を。
いや、何故言えると思っていたのかも不思議なのだけどそんな様なもんだと思っていた。
年を重ねたらそういう風になるんだとばかり思っていた。
 
相当さっぱりとした塩味の女とでも思っていたのだが、実際蓋を開けてみたら、ごった返した諸国を代表する風味の強いスパイス達がごった返しになっていて各々の味は美味しいんですけどね。混ぜちゃうとね。といった誰もが嫌煙するようなドロドロの味にまみれた料理のようだった。
 
非常に不味い。
 
一頻りショックを受け、喚いた後で
ここはまるで遠い星だ。と思った。
経験一つで私はこんな遠い場所に来たかのような心になってしまうんだなぁと。
きっと元いた星には戻れない。
どんな精密で最新機能を搭載した飛行船でも不可能だと思う。
降参である。自分が可哀想と少しだけ思った。
 
だって知ってしまったことを忘れるって知るよりも難しいもの。
あるものを証明するよりないものを証明する方が難しいもの。
私にはもう備わってしまったもの。
疚しさも、悲しみも。
この人生で使い切れるかわからない程たっぷりと。
 
人を好きになるって遠い星に行くみたいだ。
遠い星から見る元いた星は綺麗に見える。
今私が持ってないものがそちらにはあった様な気もする。
でも今持っているものが沢山あるんだけどなぁ。
正直でいるための自己嫌悪だとか、救いのない思いの果てを確かめないといけないという使命感だとか、使い物にならない心から、あなたは今夜暖かいところで眠れているのだろうか、酔っ払ってその辺に転がって変な人にお金擦られてないだろうか、と思うような真面に愛情を認めたが故の惨めな恥ずかしい心まで。
 
あるものを証明するために私は遠い星で頑張らないといけない。
せっせと疾しさにも悲しみにも片手で挨拶できるくらいに。

<塩入冬湖>


◆ミニアルバム『大天国』
2023年1月25日発売
 
<収録曲>
01.ランサー
02. AWARD
03.不慣れな地球でキスをする
04.遠い星じゃなくたって
05.昨日になれない私たち