その声を、その匂いを、僕だけでも覚えてたいです。

 人と人が関係を“終わり”にするとき【置いていく側】と【置いていかれる側】に分かれる場合って多いですよね。片方だけ想いが消えてしまったり、夢を選ぶため他を諦めたり、遠くへ行かなければならなかったり。そんなとき、あなたなら【置いていく側】と【置いていかれる側】どちらがよりツライと思いますか…?

 さて、今日のうたコラムでは【置いていく側】の気持ちと【置いていかれる側】の気持ち、それぞれが描かれている2曲の新曲をご紹介いたします。2018年6月13日に“関取花”がリリースした3rdフルアルバム『ただの思い出にならないように』収録曲です。尚、このアルバムタイトルには「あの頃のきらめきや、あの時の感情が、ただの思い出にならないように、歌に…」という彼女の想いが込められております。

ベルが鳴って 軋む列車
あどけない夢 動き出した

あの子が手を振った なにかを叫んでいた
見て見ぬふりした だってもう もう

バイバイ バイバイ 僕ら他人さ
バイバイ バイバイ 決めたじゃないか
「バイバイ」/関取花

 そんなアルバムの5曲目に収録されているのが、新曲「バイバイ」です。こちらは【置いていく側】の<僕>の心情が描かれた楽曲。主人公が乗り込んだ<軋む列車>が行き着く先にあるのは、生き生きと<あどけない夢>が育つための新しい場所でしょう。胸の内は期待と不安でいっぱいなはず。ただ、ほんの少し、後ろ髪を引かれそうになるのは【置いていかれる側】である<あの子>の存在があるから。

 きっと<あの子>は<僕>にとっての大切な人。だけど、夢のため<僕ら他人>になることを決めた。だからこそ<僕>は今<あの子>の叫びを<見て見ぬふり>をし、続く歌詞では思い出を必死で掻き消しているんです。さらに“きみ”でも“あなた”でもなく、わざと<あの子>と呼んで、客観的な目で大切な人を見つめることで、自分自身に<他人>であることを思い知らせているかのようでもあります。

バイバイ バイバイ すべて捨てて行くんだ
バイバイ バイバイ 戻れないんだ

悲鳴をあげて 走る列車
あどけない夢 僕を乗せて
「バイバイ」/関取花

 それでも<すべて捨てて行くんだ>という意志と、今さら<戻れないんだ>という苦しみが、繰り返される<バイバイ>の狭間で揺れているように感じられますね。そしてラスト、まるで<僕>の叫びの代わりのように<悲鳴をあげて>走り出す列車…。【置いていく側】にも悲痛な葛藤があることは十分に伝わってきます。とはいえ<僕>の先に待っているのは新しい世界。今はツライけれど、やがては新たな環境に慣れ、夢の道を進み、徐々に過去を忘れながら、前に進んでいくのではないでしょうか。

君に出せない手紙で 溢れかえった部屋の中で
気づいたらいつも 倒れこんで 眠ってるんです
「動けない」/関取花

 一方【置いていかれる側】の気持ちが描かれているのは、皮肉にも5曲目「バイバイ」に続く6曲目「動けない」という新曲です。【置いていく側】に待っているのは新しい世界ですが、【置いていかれる側】に残されるのは<君>だけが不在の変わらない毎日。ぽっかり空いた心の穴を埋めようにも、どうしようもない日々。だから<君>への想いも変わらなくて、変われなくて、ただ<君に出せない手紙で 溢れかえった部屋の中で>独り、世界に取り残されているのです。

だけどいいんです どんなに世界が
輝いているとしても

僕はまだここにいたいです
ひとりぼっちだっていいんです
抱きしめて 抱きしめて
あげることができなくてもいい

その声を その匂いを
僕だけでも覚えてたいです
色あせて 色あせて
ただの思い出にならないように
「動けない」/関取花

 この<僕>は一見、自分の意志で<まだここにいたい>と、<ひとりぼっちだっていい>と、言っているように感じられますが、実は<その声>や<その匂い>を忘れたくないという気持ちに縛られて、どうしても前に進めずにもがいているのかもしれません。だからこそタイトルは「動けない」なのです。でも「動けない」ことは、必ずしも悪いことではないようにも思えます。
 
 どんな悲しみにも底はある。それなら、その日がやってくるまで、大切な“あの頃のきらめきや、あの時の感情が”<ただの思い出にならないように>とことん悲しみの中でうずくまることも、自分の人生にとって大切な時間なのでしょう。なんだか「バイバイ」の<あの子>のその後が「動けない」の主人公の心に重なるような気もしますね…。
 
 こうやって「バイバイ」と「動けない」2曲を続けて聴いてみると、やはり【置いていく側】より【置いていかれる側】の方がいっそう心の後遺症が長そう。ただし、5曲目「バイバイ」、6曲目「動けない」に続く、7曲目「朝」はどちらの立場である人の心もスーッと自然に上向きになってゆくような楽曲となっておりますので、3部作として続けて聴いてみるのも、楽しみ方のひとつとしてオススメです…!

◆3rdフルアルバム
『ただの思い出にならないように』
2018年6月13日発売
DSKI-1003 ¥2500(税込)

<収録曲>
1.蛍
2.しんきんガール
3.親知らず
4.オールライト
5.バイバイ
6.動けない
7.朝
8.あの子はいいな
9.彗星
10.三月を越えて