自分の居場所を知られたくない、それでも誰かに気づいて欲しい。

 2018年3月21日に“teto”が1stシングル『忘れた』をリリース。今日のうたコラムでは、今作のタイトル曲をご紹介いたします。みなさんは、過去に置いてきたはずの自分っていませんか? しかし記憶とは、地層のように積み重なってその人を作り上げているもの。だからたとえ「忘れた」と思っていても、ふとした瞬間に突然、ある光景や感情がブワッと発露したりするのです。

60分15000円と書かれた右手の看板と
左手の薬指には安っぽく光る指輪
俺はそんな彼に何故だか憧れを抱いた
「歩けど歩けど歩かねばならぬ」との歌を思い出した

副業であかぎれた母の手と
それを馬鹿にしたクラスメイトと
顔立ちすら思い出すことのできない過去の父と
考えただけでもう何故かえずいてしまっていた
不安定、不透明、不感症なそんな過去を思い出した
「忘れた」/teto

 この主人公もまた<60分15000円と書かれた右手の看板と 左手の薬指には安っぽく光る指輪>の男性を目にしたことをきっかけに、もう「忘れた」と思っていたはずの過去を思い出しました。それはきっと「歩けど歩けど歩かねばならぬ」ような少年時代のことです。経済的に安定していなかった生活。無神経なクラスメイトに対する濁った感情。そして<顔立ちすら思い出すことのできない>ほど、家庭に無関心・非協力で、やがて姿を消したのであろう過去の父親の存在。

 そんな、考えただけでえずいてしまうあの頃は、精神も未来も<不安定、不透明>で、わざと自分の感受性を殺して<不感症>になることで、なんとか生きていたのだと思います。ただし<俺>はそんな過去を思い出すと同時に、街中で見た<彼に何故だか憧れを抱いた>のです。おそらく理由は、指輪が光る<左手の薬指>でしょう。守りたい人がいるから「歩けど歩けど歩かねばならぬ」姿…。その生き方が今は、どこか人としての“強さ”として心に映ったのではないでしょうか。

いつか全て忘れた頃、無くした頃あなたと居た
あなたと見た半径1メートルの世界だけは
もう譲れはできないなって
そう思えるから今日も生きれたんだ
「忘れた」/teto

 さて、サビのフレーズは“「忘れた」い”過去の描写から一転。これからもずっと“「忘れた」くない”想いが放たれます。あの<不安定、不透明、不干渉>な過去を越えて、生き続けて、その先で出会った<あなた>という存在への想いです。今<あなた>は<俺>にとっての守りたい人なのかもしれません。だからこそ街中のあの<彼>の姿が特別に目にとまり<憧れを抱いた>のかもしれません。

 また、仮に<あなた>がもうそばにいないとしても<あなたと見た半径1メートルの世界>は大切な記憶として<俺>の中に刻み込まれております。そして、それを“「忘れた」くない”と<思えるから今日も生きれた>のです。曲タイトルは「忘れた」ですが、実はこの歌には“「忘れた」い”気持ちを抱いていたあの頃から、時が経ち“「忘れた」くない”想いが生まれる現在までの感情が詰め込まれているんです。

自分の居場所を知られたくない
それでも誰かに気づいて欲しい
当ての無い場所を彷徨い、幾千の歳月は去っていた
ああ赤い実も弾けて
「忘れた」/teto

 さらに、続く歌詞からは<自分の居場所を知られたくない それでも誰かに気づいて欲しい>という葛藤と闘い、いつも“忘れてほしい”と“忘れられたくない”の狭間で揺れていた姿も伝わってきますね。尚、これは余談ですが<赤い実も弾けて>というフレーズで思い出した有名な本がございます。表題作は教科書にも掲載され、多くの子どもたちに親しまれてきた『赤い実 はじけた』という短編集です。

 物語の中に登場するのは、様々な心の葛藤に出会った子どもたち。父親の家庭内暴力をうけた少年。夢中になる人を見つけられない少女。いたずら電話がやめられない優等生などなど。そしてどの子も、心の底から何かを感じたとき、自分のなかで色づいていた<赤い実>が強く弾けるのです。もしかしたら、同じように「忘れた」の主人公も人生の中で<赤い実>が弾け、何らかの変化に繋がったのではないでしょうか。その<赤い実>が<あなた>への想いだったのではないでしょうか…。

いつか全て忘れた頃、無くした頃あなたと聞いた
あなたと知った半径1メートルの世界だけは
もう譲れはできないなって
そう思えるから今日も
いつか全て抱えてもっと離さず
もっと無くさずもっと必ずとも
何年経とうたって寿命がいつ来たって
忘れはしたくないなって
そう思って今日を生きていたいんだ

まだまだ
「忘れた」/teto

 このように幕を閉じてゆく歌。ラストの<今日を生きていたいんだ>という意志も<まだまだ>というひと言も、大きく未来へと開けているように感じますね! 今、忘れたい過去がある方にも、忘れたくない想いがある方にも、ツライ今を生きている若者にも、過去に自分を置いてきた大人にも、tetoの「忘れた」に込められた想いが、届きますように…!