3曲目「だらん」
何度ハグしても君の両手が だらんと下がったままで
そろそろ君を僕から 放してあげる時かも知れない

―― 3曲目は切なく痛みがリアルなラブソングです。そういえば以前、槇原さんはとある音楽番組で「もう切ないラブソングは“back number”に任せた」なんておっしゃっていましたが…。

あれはねー、やっぱり撤回撤回(笑)。もちろん彼らは彼らで頑張ってほしいけれども、まだまだワシも頑張らないとって思い直しました。これからもどんどんラブソングを生み出していきたいですね!

―― <君を僕から 放してあげる時かもしれない>…。これは“別れてあげる”という形の愛なのでしょうか。

ぬ~、なかなか鋭い質問しますね。というのも…僕は、その子が“自分の心に嘘をつきながら僕と一緒にいる”という状況を言動の細部に感じ取ってしまうタイプの人間でして。「だらん」のように確実に浮気相手がいる場合もありますし。でも…それが間違っているとか正しいとかってなくて、ただ「このひとと一緒にいると楽しい」とか、ハグしたとき「会いたかった!」ってギューってし合えるとか、そういうひとといたほうが絶対に幸せじゃないですか。そうしたらなんか…僕がすごくその子のことを好きで、幸せにしたいと思っていたとしても、自分からちゃんと見切ってあげたほうがって…。

―― …優しすぎませんか!?

いやいやでもね!そこには裏もあって「僕もそれに付き合っていられないんだよ!」って気持ちがあるんですよ。ツライもん。やっぱり一心に愛を受けたいですよ。それに、さっきもお話したように僕たちにはもう時間がない。落ちてゆく命の砂時計は止められない(笑)。だから「お願いだから、別れるなら早めにしてくれない?」って。つまり「もう無理すんなよ、幸せになれよ」という相手のための気持ちもあれば、一方で「もう十分に僕のこと傷つけてるぜ?」という自分のための気持ちもあるんですよね。なんか…愛というより、勘ですよね。

―― 勘。

そう、恋愛で大事なのは愛より勘。こんなこと言っちゃっていいのかな。でも自分がピッと感じたことは信じたほうがいい!もちろん他人と助け合って生きていくためにはめんどくさいことも、忍耐も、学びの時間も絶対に必要ですよ。「この子のこういうところ嫌だな」って思うところもあるし、逆に自分がそう思われているところもあるし、そこを補っていくのが恋愛じゃないですか。だけどそうじゃないところでの「最近おかしいな」「なんか変だな」という勘は、意外と当たっちゃうので…。そうするとある日、この歌みたいに<スマホの画面に 相手からのメッセージが現れて>あーやっぱり、となるわけです。怖いよねぇ。この歌、僕もすごく好きです(笑)。

下がった両手が抱きしめたい 誰かのもとにいけばいい
心に嘘はつけないんだ 君もだけど そう僕もね
photo_01です。

―― ちなみに、槇原さんの描く主人公は「こういう性格のやつ多いな」とご自身で感じられる特徴ってありますか?

気弱(笑)。お人よしのやつが多いですよ。あと「これ!」って決めた後は、別れだろうがなんだろうが変えないみたいなところはあるので、迷うところで思い切り迷う主人公も多いですね。まぁ「だらん」に関しては実際にこういう経験があったんですけど(笑)。一緒にいながら「お前バレバレだぜ…」って。だけど「おもしろいなぁ。歌にできるなぁ」と思っている自分もいました。もう職業病です。ホント、僕たちって身を切って曲を作っているんだなぁとつくづく思います。

7曲目「微妙なお年頃」
怖いよ すごく怖いよ 変わってしまう自分が怖いよ
今にも 消えてしまいそうな 恥じらいという特別な感情

―― 冒頭から<怖いよ すごく怖いよ>と始まったので、歌詞を見ずに初めて聴いたとき、どんなシリアスな物語が展開されていくのかとハラハラしました(笑)。

僕の曲史上初めてですよ<怖いよ>から始まったの(笑)。これもかなりの自信作なんです。もっとも等身大の僕が歌詞に投影されているのもありますし、楽しく老いを歌うことができたなって。本当に自分ではどうしようもない怖さってあるんですよ。服を洗っているときに、やたらこぼした染みに気がつくとかさ!まさに<まじで緩んでくる>わけです。でもそういうことを「もうお父さんはダメなんだから!」って言わないで、もっと言えば老いていく自分をどこか明るく受け入れてあげるという気持ちを表現したかった。そういうところはやっぱりPOPSだからこそできることだなって。

何時もと違う私を見つけて 不安にならないその為に
男達よどうぞ覚えておいてね それが更年期のせいなの
「愛が冷めたわけじゃないの」/水谷千重子

少し前、水谷千重子(友近)さんに【更年期障害】をテーマに曲を書かせてもらったんですね。当時、全国の男性が、意外と女性の更年期障害による劇的な変化を知らないという事実を知ったんです。僕の仕事仲間にも「マッキーさん、ちょっと相談があるんだけど…。なんか最近うちの奥さんがさ、俺の顔を見るたびに信じられないような罵声を浴びせかけるんだよぉ。もう俺このままじゃ一緒にいられない気がして…」という相談をされまして。で、僕は「ちょっと待ってください」と、まったく同じようなことがあった、うちの母親のことを思い出したんです。そして「それひょっとしたら、愛が冷めたわけじゃないかもしれないですね。更年期障害におけるちょっとしたホルモンバランスの崩れで、そうなってしまうと訊いたことがあります」と伝えて、彼はいろいろ調べてみたそうなんです。そうしたら半年くらいして会ったときに「そのとおりだったよ~!」って。

―― 槇原さんが離婚の危機を救ったんですね!

本当そうですよ(笑)。それで、いつかこのことを歌に書きたいなと思っていたら、たまたま良いタイミングで水谷千重子さんから依頼が来て、「愛が冷めたわけじゃないの」という曲を書かせてもらったんです。その流れに続く1曲が今回の「微妙なお年頃」なんですよね。男性版というか、みんな版。今はわからないあなたも、そのうち<グラスを口につけ 飲んでいるつもりなのに>垂れてくるよって。これは同じ歳だと「そうだよね~」って共感してくれるひとがめっちゃ多いんですよ。だけど、誰かが傷ついたり、面白がったりする気持ちで書くのは嫌だから、すごくワード選びには気をつけましたね。

8曲目「2 Crows On The Rooftop」
まだ起きてる誰かが この屋根を見た時
二羽のカラスが羽根を休め 止まってると思うんだろう
こんな自分で生まれてくると 自分で決めたと思いたい
何か訳があると

―― この歌はいろいろ深読みをしました。この二人(二匹)のカラスは、夜しか一緒にいられない関係…。

はい、または人目を忍んで逢わなくちゃいけないと思っている関係だったり。今で言うと、LGBTの方もそうだし。お互いに思い合っているのになかなか叶わない恋愛も世の中にはあるんですよね。そういう二人をイメージして書きました。この曲はいっぱい深読みをしてほしいです。僕は実際フィンランドに行ったとき、凍った湖の上のすごく奇麗なオーロラを見たんですけど、架空の街の屋根の上で、人知れずわざわざ寒い時間に手を繋いでいる二人が、遠くから見たらカラスみたいに見えるだろうなぁ…みたいな歌を書きたいと漠然と思って。

今回のアルバムで、これはもう書いていいだろうという判断をしたんです。この歌詞はアルバムを作るにあたっての心構えの変化を与えてくれました。とくに<こんな自分で生まれてくると 自分で決めたと思いたい何か訳があると>というフレーズはまさに核で、これが10曲目『Design & Reason』に繋がっていきます。


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