初めて“阿部真央らしさ”を掴めた瞬間。

―― では、今作のなかから、歌詞面で阿部真央さん的なベスト3を選ぶとしたら?

どうせ何もないなら どうせ落ちてくだけなら
最後に一言聞いてほしい
本当に価値がないなら 最初から生まれてない
ここまで歩いても来れてないはずさ
なんにもない今から」/阿部真央

3位は「なんにもない今から」ですね。最新シングルのカップリング曲なんですけど、非常にお気に入りです。10年のなかでいろんな山と谷を経験したからこそ書けた曲であり、今の私が歌うからこそ誰かに聴く耳を持ってもらえるフレーズばかりだと思っていて。歌詞に<本当に価値がないなら 最初から生まれてない>ってフレーズがあるんですけど、それは私が10年間活動してきて、心の底から思うことで。そして、こういう言葉を迷わず投げられるようになった自分に対して、もう説得力のギャップみたいなものがなくなってきたんだなって。なんか去年、この曲ができたときにすごく…「あ、もう大丈夫だ」って感じたんです。この曲を自信を持って届けられるようになったことが、嬉しいですね。

「バイトはなんですか?」「彼女はいますか?」
聞きたいことはたくさんあるわ
夏は貴方と落ち合って一緒に花火を見たいです
厚かましい願いではありますが、
貴方の恋人になりたいのです
貴方の恋人になりたいのです」/阿部真央

2位は「貴方の恋人になりたいのです」で、これはやっぱり一番多くの方に評価していただけている曲なので。これこそ、さっきの話じゃないですけど、歌詞だけ読むと私たちアラサー世代はあまり共感できないシチュエーションですよね。でも曲で聴くとその気持ちがわかるというか。自分で書いといてアレなんですけど、客観的に聴いてみて今でも感情移入できたんです。ということは上澄みだけじゃなく、どうして切なくなるのか、どうして「バイトはなんですか?」と聞きたいのか、そういう内部をちゃんと表現できている曲だと思うんですね。

そういえば、今でも覚えているんですけど、高校2年生のときに自分の机でこの曲の一番を書いていて、キーが高すぎて「歌えないな…これボツ」って思ったんです(笑)。でも、捨てずに素直な気持ちを書いた結果、たまたまビギナーズラックで良い作品になったラッキーな曲なのかなって。歌詞だけではなく、あのメロディーと相まったことで、みなさんに支持してもらえる曲になったんだと思います。

怖がらないでね? 好きなだけ
近づきたいだけ 気づいて
3丁目、3丁目、そこを曲がれば、
赤いお屋根の貴方の家
3丁目、3丁目、うろうろしてた
3丁目、3丁目、貴方の家
ストーカーの唄~3丁目、貴方の家~」/阿部真央

そして1位はもう「ストーカーの唄」ですね!大好きです。私はアルバムデビューでしたし、わりと最初からいろんなテイストの曲をやっていたり、自分が好きなアーティストさんの影響を受けるタイプだったりしたから、すごく「○○っぽい」とか「○○の良いとこ取り」とか言われていたんですよ。それに対して、しょうがない、申し訳ないと思いつつも、自分だけのオリジナリティーを実はずっと模索していて。その末に3枚目のアルバムでこの歌を書けたことは、初めて“阿部真央らしさ”を掴めた瞬間でもあったんですね。

私はストーカーしたことないけど、「それくらい好き」「それくらいヘヴィー」という気持ちはすごくわかるというか。そこにユーモアを交えて、弾き語りでやるというスタイルは、今でもひとつの“阿部真央らしさ”として確立できたと思っていて。もう書いているとき、楽しくて楽しくてしょうがなかったです。どんどん歌詞が浮かんできました。そういうふうにたどり着けた曲であり、私の大きなターニングポイントとなった曲なので、個人的には圧倒的に1位ですね。とっても大事な曲です。

―― 真央さんが、歌詞を書くときによく使う言葉はありますか?

う~ん、初期は<Baby>かな。なんか誰かがね、Twitterで「阿部真央の曲は<Baby>出がち」みたいなことを書いていて、たしかにウルフルズさん並みに出ていますね(笑)。というか、ウルフルズさんの影響で<Baby>が好きになって、やたらと使っていました。

―― 逆に、使わないように意識している言葉はありますか?

言葉単体ではないんですけど、具体的すぎる情景描写はなるべく避けます。たとえば、花の色くらいまでは書いても、花の形とか名前とかイメージが特定されすぎてしまうワードはあまり。私がやっているのは、やっぱりJ-POPなので、わかりやすい表現のなかでどれだけ多面的で深い表現をできるかが大切だと思うんですよね。だから、抽象的で簡単なんだけど、人の琴線に触れる言葉選びをしたいし、そういうフレーズを作りたい。

photo_01です。

それで私が目標にしているのが、小田和正さんなんです。小田さんの歌詞って、短くて簡単なのにめちゃくちゃ深いんですよ。ていうか泣いちゃう。それはもう、才能とか、人生経験を積み重ねてきたからこその重みとか、理由はいろいろあると思うんですけど。ああいう歌詞を書けるアーティストになりたいですね。日本人って、言葉の向こう側にあるものを汲み取る力がとても強いと思いますし。だから、最初の話に戻ると、詳しすぎる、丁寧すぎる情景描写はあまりしたくない。余白があるほうがいい、というのが私の勝手な美学ですね。

―― 最近、歌詞がいいなぁと思ったアーティストや楽曲を教えてください。

MOROHAですね。去年、対バンをしたんですけど、私とは全然違うアプローチで、逆に彼らは言葉が詰まっているんですよ。いわゆるラップって今は、失礼な言い方をすると上質なものじゃない限りは、伝えたいメッセージよりも、韻の踏み方とかのスキルが重視されがちになっていると思うんですね。だけど、MOROHAのアフロさんの歌詞は、言いたいことを羅列するなかでの韻の踏み方が絶妙で。多分、アフロさんはこういうこと言われるの嫌だろうけど、非常にラップとJ-POPの融合バランスが良いと思うんです。言いたいこともわかるし、そこに彼のパーソナリティーが全面に出ているみたいな。そういう歌詞を書く人ってなかなかいないですね。MOROHAの歌詞はかなり面白いし、深いです。

―― ありがとうございました!では最後に。これからこういう歌詞に挑戦してみたいな、という夢はありますか?

これは、息子が生まれた影響が大きいんですけど、子供たちが歌う曲を作りたい。やっぱり教育テレビとかで流れていると、子供が歌うんですよね。これからの未来を担う子供たちが歌ってくれるって、すごいことだと思っていて。もっと掘り下げると、童謡って私たちのおばあちゃんが小さい頃くらいから歌われてきた曲もいっぱいあるじゃないですか。

なんかそれって、何物にも変えがたいというか、作った人めっちゃ幸せだと思うんですよ。ずーっと歌い継がれる。そして童謡ってどこまでもシンプルじゃないですか。さっき言ったように、簡単でありながら、でも大人になってから改めて意味がわかる深いものも多いから。私が目指すところの究極だと思います。だからそういうものに挑戦できたら嬉しいですね。そして、それを子供たちが歌っている光景を見ることが、夢ですね。


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