高円寺を紡ぐ

両手ですくった山もりの砂が、
いつの間にか 指の隙間からこぼれていた。
気がつくとあの頃のあなたより大人になっていた。

足もとに広がる海。はるかまで続く波。また波。
あなたの声が聴こえる。励まされ、叱られ突き放された唄が聴こえる。
あなたみたいに生きてみたかったけど
どうやら僕は僕なりにしか生きられないらしい。

あなたに会ってからの僕が
手に入れたものを数えたら切りがない。
あなたに会ってからの僕が、
手ばなしたものを数えても切りがない。

目に前に広がる空。はるか彼方のバベルの塔。
思い出す夏の日。あれは夕立のあと。頑固そうな初老の男一人。
よれよれの開襟シャツ。すけているランニング。
手には、新聞でくるんだ、小さな花。
逝ってしまったつれあいに会いに行くのか。
そばにいる時には、云えなかった「愛してる」と「ありがとう」。
今なら何度も何度も声にできるんだろう。

あなたに会ってからの僕が
手に入れたものを数えたら切りがない。
あなたに会ってからの僕が、
手ばなしたものを数えても切りがない。

目の前を横切る風。知らず知らず唄っているまだ誰も知らないメロディ。
僕だけの唄くちずさみながらあなたの面影を訪ねてみたい。
サビ止めのペンキを塗った鉄の階段。
カンカン カンカンと音を立てて登るんだ。
空へ 空へと近づくんだ。
カンカン カンカンと駆け登るんだ
すると、階段の途中 長い髪のあなたが坐ってる。
あなたは高円寺の高い空をながめながら云うんだ。
「街を行く人みんな自分より幸せに見えるのは何故?」

あなたに会ってからの僕が
手に入れたものを数えたら切りがない。
あなたに会ってからの僕が、
手ばなしたものを数えても切りがない。

あなたに会ってからの僕が…
あなたに会ってからの僕が…
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