菊池寛原作「藤十郎の恋」より お梶

噛んだ唇 したたり落ちる
血で書く名前は 藤十郎
おんな心を もてあそび
奈落へおとして 消えた人
憎いの 憎いの
憎い 恋しい 藤十郎

「恋の成就が叶わぬならば
この黒髪をプッツリ切って冥途の旅へ旅支度
悔しさも 哀しさも 憎しみも
今は消えました
あゝ きれいやなァ 祇園の町の宵明り
藤さま 梶はおんなに戻ります」

浮世舞台の からくりなんか
忘れてあなたと 流れたい
墨絵ぼかしの 夕暮れに
人目しのんだ 屋形船
愛しい 愛しい
おんな泣かせの 藤十郎

「ふたつに重ねて 切り刻まれて
あの世とやらに堕ちましょう
嬉しい 嬉しい 藤さまのあの夜の言葉
思い出しても 耳朶まで火照って
狂いそうでございます
おんなの真実は
阿修羅の流れの様でございます
幾度 この世に生まれて来ても
梶はあなたの 女でいとうございます」

命 下さい わたしにすべて
地獄に落ちても かまわない
お梶あなたに ついてゆく
おんな哀しい 恋綴り
逢いたい 逢いたい
せめて夢でも 藤十郎
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