春という名の女

春よ来い 春よ来い 春よ早く来い‥

物ごころつかない ガキの頃に
嫁いだ母の 俤しのべば
こらえきれない この涙
風の便りに 苦労を重ねて
齢よりふけていたという
母は宿命に不似合いな
春という名の 女だった

「おまえに惚れたのは確かだ。
お前を倖せにしてやりてェ、
そうも 心底思っているんだ。
けどよう‥‥‥
このオレの心の奥底に、
もっと恋しい人がいるんだ。
ごめんよ、勘弁しておくれ‥‥‥
オレのお袋さんだよ。
“春よ来い 春よ来い来い 早く来い”
オレの手を引きながら歌っていた、
あの時の俤と手の温み‥‥‥。
三つ四つで訣れた親をと、
お前は笑うかも知れねェが、
お袋を不倖せのままにして、
オレが倖せになるわけには
いかねェんだよ。」

いつまでも 若くはないとすがる
お前の言葉 忘れちゃいないが
待っておくれよ もう少し
白髪まじりの 賄い女が
こんなに寒い冬の夜
枕ぬらしちゃいないかと
薄い縁でも 気にかかる

春よ来い 春よ来い 春よ早く来い
春よ早く来い‥‥‥
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