イズミフチュウ

助手席に乗せた君の膝の上には大きな荷物
交わす会話もほとんど無く
眉の上だった前髪を
顎の下まで伸ばす間にさ
僕ら何があったんだ
思いつかないな

中途半端な遠い距離を埋めてくれる830円で
何度も会いにきてくれたよな

ねぇ どうして
連れてきてくれる日もあったのに
今日は連れて行ってしまうの
二度と会うことがないように
荷物を持つ後ろ姿が遠く滲んでゆく
二度ともうここにはこない
それを選んだはずなのに
君は最後に涙を流していたんだ

いつも「またね」とここで手を振った
でも今日は訳が違った
初めて君は手を振って泣いた
すでに泣いている僕に向かってさ
いつまでも目に焼き付けたかった
でも怖くなって走り出した
誰もいない助手席に手を乗せたら
まだ温かくて心が冷えた

連れてきてくれる日もあったのに
今日は連れて行ってしまうの
二度と会うことがないように
ひと気の少ない時間のロータリー
階段に降り立つ姿
広すぎるこの歩道橋も
今日はいつもと違う場所に思えた
あの時の言葉が今になって
突き刺さって弾け飛んで
僕に癒えない傷をつけるんだ
「もっと側にいてほしかった」
なんて今更になって言うなよ
ふたりの最終電車が
君を連れて走りだしてしまう
どうかどこにも行かないで

フェンスの向こう
2番ホーム
いつもと同じアナウンス
でも君はいない
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