長編歌謡浪曲 あゝ松の廊下(続編)

多門(おかど)伝八郎「役儀に依って言葉を改める拙者御目付当番、
多門伝八郎、さて朝散の太夫浅野内匠頭長矩。
其方儀御大法をも辯えず今日、松の廊下に於て 争いに
及ばれたるは如何なる御所存あっての事か」
浅野「恐れ入りました。上(かみ)へ対し奉りては、聊(いささ)かのお恨み
もござりませぬが私の怨(うらみ)を持って前後を忘れ刃傷(にんじょう)に及び
ました」

多門「其方上野介を討ち果たす心であったか?
又、私ごとの怨(うらみ)とは?…」
浅野「も早や此の場に於いては何事も…何事も…ただ無念
なは上野介を討ち損じたる事。
この身の未熟お恥ずかしく存じまする。
この上は御定法通り御仕置賜るよう、お願いを申しあげ
まする」

両手を突いた長矩の
顔の白さが痛ましや
さすがに彼も武士よ
覚悟の程も潔(いさぎよ)し
噫ゝ(ああ) 外様大名の悲しさか
天下の法を振りかざし
将軍綱吉直々に
厳しく下る裁断は
家名断絶身は切腹
今朝の晴れ着と打ち変り
網乗物にて芝愛宕下(しばあたごした)の田村邸
泣くに泣けない家臣の一人
片岡源五は殊(こと)の外
おそば近くにつかえたが
せめてはひと目御主君の
最後のお姿見届けん
又、二つには御遺言お聞きせねばと田村邸

検死役なる伝八郎に

願い出でたるその時に
逢わしてやるぞ片岡よ
法に照らせばこの儂も
後でおとがめ受けようが
儂の知行の七百石など
惜しくはないぞ
武士の心は 武士の心は
武士が知る
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