長篇歌謡浪曲 恋の松井須磨子

女盛りの 柔肌に
たぎり血汐を 何としょう
義理も人情も 恋には勝てぬ
それが誠の 恋の道

「妾は舞台に生きる女優です。妾は見せてやりたい。
妾と先生の恋愛が、どんなに素晴らしいものか、
世間の人たちの目に見せてやりたい。いいえ。
先生の奥さんに見せつけてやりたいんです」
「ああ、君という人は困った人だ。だがこれだけの情熱を
舞台ばかりでなく、現実でも人目を怖れず、偽わらず
に演じることの出来る君は、矢っ張り、わが芸術座を
背負って立つ大女優だ。私は君に負けた。性格の弱い、
実行力のにぶい私が、はげしい君の灼熱の情火に
負けてしまったのだ」

戸山ヶ原の 中空に
仰げば哀し 十日月
ああこの恋に あれくるう
ああこの恋に ほとばしる
渕に瀬もあれ 抱月は
須磨子をぐっと 抱き寄せる
燃える情火は 草を焼き
しばし声なし 天も地も
あるは悲しい 虫の声

回り舞台の 雪に泣く
あわれ須磨子よ カチューシャよ
人のさだめは 恋ゆえ変わる
浮世ドラマの 恋無情

「先生死なないで、死なないでー。
わたし一人をおいて、なぜ死んでしまったのです」
舞台の台詞そのままの、身も世もあらぬ絶叫慟哭は、
月にこだまし、月もまた泣いた。
「先生、妾も参ります。若しもあの世に三途の川が
あるならば、待ってて下さい渡らずに。
せめてやさしい先生の、背に負われて渡りたい」

生きて骸(むくろ)に なるよりは
死んで咲かそう 恋の花
蓮のうてなの あの世とやらで
共に行きましょ いつまでも
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