ウォルターの報われない世界

ウォルターは浮き足立っていた
何しろ久しぶりに我が家に帰れるからだ
工場勤務での労働を経ての何日ぶりかに会う家族
どんな顔をしていたか忘れそうだ

それにしても腹が減った
職場で朝食を食べてから何も口にしていない
カバンの中を漁り、昨日5セントで買った
ピーナッツバターとクラッカーを見つけると
寝酒用に仕込んでおいた残り僅かなローゼスでクラッカーを流し込んだ
浮き足立っていた気分が一変して気持ち悪くなってしまい
台無しとなってしまった帰り道を、
それでも妻に会える喜びでそれをこらえながらウォルターは歩いた

ウォルターの家まであと8マイル

彼にはおよそ友達と呼べるシロモノはいなかったが、
生活上最も最低限でルーティンな繋がりはあった

そんな道すがらウォルターは顔見知りで昔の恋人マーガレットに出会う
マーガレットはどこかよそよそしく
目を合わせないように話していた

ウォルターはそんな彼女の仕草より
さっき飲み干した胃の中のピーナッツバターとウイスキーの暴走によって
心底うんざりしていたので、マーガレットの話はまるで耳に入らなかった

ただ一つ気がかりな言葉が引っかかった
「あなたのせいでもあるわよね」
やはりどこかよそよそしく話す彼女の仕草は、
テキーラを100杯以上煽った後でも爪痕を残すセリフだった

ウォルターの家まであと6マイル

多くを語らず二人は別れ
ウォルターは少々早足になりながら家路へと急いだ

ウォルターには一つ気になるようなことがあった
彼の妻はマーガレットと友人でもあった
だが妻に昔のことを伝えるような野暮なことはしていない

ウォルターの家から人影がいそいそと出ていくのが見える
こんな夜更けに一体誰が?

ウォルターの家まであと1マイル

ウォルターは家に着いた
もう寝静まったであろう寝室へと彼は真っ先に向かい
妻と子供、枕を共にしているところを確認してから溜息を漏らす

ウォルターがこのボロいマンションに引っ越してきてから
4ヶ月、仕事、家、仕事となかなかかまってやることも出来ない
毎日が申し訳なくもあった

そんな事を思いながらウォルターは
自分のパジャマに袖を通していたその時
ほのかに放つ男の臭いが鼻腔を掠めた
その臭いはまるで記憶にないものだった

元々臆病なウォルターは瞬時に色々な事を想像した
だがまさかと思い直しかぶりを振る

リビングに何気無く添えられたグラスやワインの空き瓶
部屋から漂う異様な空気に
ウォルターは一抹の不安を感じずにはいられなかった

ふとマーガレットの言葉が頭をよぎる

彼の生まれ持った性分もあって
ウォルターには問いただす自信も勇気も持ち合わせていなかった
彼の心はだんだんと悪魔によって支配されていく
気の弱いウォルターは疑心暗鬼の魔力に打ち克つことなんて出来なかった

どうしようも出来ないウォルターは
シーツに身を包みただ朝が来るのを待った
だが今夜の彼にとって夜はあまりにも長すぎた

もう何も分からない

朝が来る少し前にウォルターはアスピリンを4錠ローゼスで飲み干して
震えながら妻の首に力一杯手をかける

妻は壊れたようだ
握り締めた首に違和感を覚えた妻が一瞬目を大きく見開く
声にならない声で妻は口をパクパクさせた

「あなたのせいだから」

ウォルターには友達と呼べるシロモノはいない
彼は心底うんざりしていた
ウォルターは目を閉じた
そのまま彼はすやすやと寝ている自分の子供の首にも手を延ばした

ウォルターはどこで何を間違ったのか思考を巡らせながら
マンションの屋上へ向かった
階段を一段ずつ登りながらおれは一体
何のためにがんばっていたのかを考えていた
ウォルターはそのままさっき切り取った妻と子供の手を
握りしめながら屋上から飛び降りた

ウォルターは死んだ

地面に横たわりながらウォルターは思い出していた
家族と暮らしていた何気無い日々と
ポケットに詰め込んだままの20ドルのことを

ウォルターに残ったのは嫌いだった友人と報われないこの世界だけだった
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