八年目の蝉しぐれ

貴女に聴こえるかしら・あの声が 岩倉台の貯水池あたり
ほら・蝉が鳴いてるよ 貴女は分かるかしら 一緒に暮して八度目の夏
短命を知るや知らずや・蝉しぐれ いつか貴女が詠んだ歌
古い団扇の裏に 自分で書いた歌を 誰の歌だ?と貴女は聞く
車椅子で散歩を・しますか 陽射しの弱い朝のうちに
思い出すかしら 佐世保に暮した頃・それとも深江の夏を‥

そして・髪を切りましょ・陽のあるうちに
髪を切ったらシャワーを浴びましょう
風呂場の窓を開ければ 聴こえるはずさ 今年・最初の蝉しぐれ
短命を知るや知らずや・蝉しぐれ いつか貴女が詠んだ歌
古い団扇の裏に・自分で書いた歌を 今の貴女は思い出せない
ほら・蝉がまた鳴き始めたよ 貴女にとって97度目の夏・
ほら・聴こえるでしょう あの蝉しぐれ 今日の貴女に分かるかしら

だけど貴女は応えない・ただ私に微笑むだけ‥
移りゆく季節の中で ただ老いを急ぐだけ
せめて蝉しぐれ‥ 母の傍で鳴け

行ってみますか・山が色づく・前に 貴女が育った歌が浦まで‥
今が盛りかも・あの百日紅 姫神社の傍にあったね
ミチエさんから・贈り物がきたよ 貴女が好きな[平戸恋しや]がね
少し身体が弱って この夏が辛いと 添え書きがあったよ
ミネコさんが・亡くなったってさ 昨日・電話があったよ
貴女に伝えましょうか・ それともそっとしときましょうか・
窓の外は蝉しぐれ

だけど貴女は応えない・ ただ私に微笑むだけ‥
移りゆく季節の中で ただ老いを急ぐだけ
何故か私に悲しく響く 八年目の蝉しぐれ
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