大川光久作曲の歌詞一覧リスト  5曲中 1-5曲を表示

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曲名 歌手名 作詞者名 作曲者名 編曲者名 歌い出し
係長ブルース坂上二郎坂上二郎山上路夫大川光久たまには若いの ひきつれて のれんをくぐる こともある 平より気楽に なれなくて 課長みたいに いばれない おれはさみしい 係長  小さなアパート 女房と 子供が二人 待っている 会社がなんだと 酔いながら どなってみたって 朝になりゃ 会社だいじの 係長  課長になる日は いつか来る そいつがおれの 夢だろか どこかに男の 夢がある おれを待ってる ものがある それも夢だぜ 係長  たまには浮気も してみたい 若狭が消えて ゆかぬうち ヌードの写真の 週刊誌 帰りの電車でひらいてる おれはしがない 係長
鉄道員坂上二郎坂上二郎山上路夫大川光久山のふもとの 小さな駅に 勤め始めて 幾年(いくとせ)たった ローカル線しか 通らない 名もないような 駅だけど ここが私の 生きてくところ  昔はこの駅を通る汽車は、みんな蒸気機関車だったものです。 汽車が入ってくると、ホームは煙りの匂いでいっぱいに なりました。白い蒸気を溜息のように吐いて止まる汽車。 そしてまた車輪の音高く走り出す汽車。遠い山肌にこだま する汽笛。そんな蒸気機関車が、私はたまらなく好きでした。 私の死んだ親父も鉄道員だったのです。 いわゆるカマ焚きという奴です。親父の弁当を持って、 私はいつも駅に行ったものです。 「とうちゃーん」 親父を乗せたデコイチが帰ってくると叫んだものです。 「おゝ坊主か」 汽車からおりて来た親父は、顔も手もススで真っ黒になり 石炭の匂いをさせていました。 蒸気機関車をこよなく愛して死んで行った親父。 その蒸気機関車も、もうみんな消えていってしまうのです。  春は野山に 緑が匂い 冬はきびしく 吹雪にくれる 一日何度か 通る汽車 今日またむかえて 送り出す ここは私の 愛するところ  この駅に来てかれこれ二十年。ここもずいぶん変りました。 駅もきれいになり、町もにぎやかになりました。 シーズンになれば、都会から若い人が大ぜいやって来る ようにもなりました。 私の息子も田舎を嫌って、今は東京で働いています。 正月などに、たまに帰って来るとにくまれ口をききます。 「とうさん、よくあきずにこんな田舎の駅員をやってるなアー」 「馬鹿いっちゃいけない、とうさんはな、この土地と 鉄道を愛して働いているのだゾ」  若い時は、私もいつかは駅長になる夢を持っていました がそれも遠い夢のようです。 でも、好きな鉄道員でこうして元気に暮せれば、 こんな幸せなことはありません。  山のふもとの 小さな駅を 今日も夕日が きれいに染める 季節はいつしか 移りゆき 若さも消えて ゆくけれど ここで働き 幸せだった  汽車に乗ってゆく人 降りてゆく人。いろんな人生が、 今日も私の前を通りすぎてゆきます。 明日もまた、小さなこの山の駅に、明るい朝日が 昇るでしょう。
北の果て坂上二郎坂上二郎山上路夫大川光久何を啼(な)くのか 岬のかもめ 俺も泣きたい ただひとり 生きるつらさを こらえながら こんなとこまで やって来た 海は荒海 北の果て 北の果て  街じゃ泣けない 男の涙 いつか流れる この頬に 誰もそうだよ 胸の中に 熱い涙を 抱いている 雲がちぎれる 北の果て 北の果て  生きているのは さすらいなのか 流れ流れて どこへゆく 夕陽染めてる 暗い海を どこへ帰るか かもめ鳥 波がくだける 北の果て 北の果て
親父と息子坂上二郎坂上二郎山上路夫大川光久おい太郎 さあ出かけるぞ、ほら なにをしてんだ。 あー、今頃トイレに入るバカいるか。 もう学校……ほんとにしょうがないなあ。はやくしなさい。 あっ、おとうさんも行きたくなってきたよ。  親がなくても 子は育つ 育つ子供が いじらしい 男手だけじゃ たりないものが きっとあるだろ 私にも 今日も心で わびている  あの子の母親と別れてから、もう五年になりますか。 いわゆる性格の違うという奴でした。まあ今なら別れないで すんだことかも知れません。若気のいたりという奴でしょう。 それから男手一つで息子を育てて来ました。 父親と母親。両方の役をやって来たつもりですが、 どだい無理なことです。 やっぱり母親というものは偉大なものなんですねえ………。  甘えたいだろ 母親に 泣いて抱かれて みたいだろう 悲しい時も 涙をこらえ つくり笑いで 笑ってる そんな姿が 胸をうつ  「おとうさん、たまには遊んで来てもいいぞ」 ある日息子がそんなことを言いました。 「遊ぶってなんだ?」 「ほら きれいな女の人がいるところなんか、おとうさんも まだ若いんだから行きたいだろう?」 「ハハハ、馬鹿を言っちゃいけない。それよりお前、おかあさんに 逢いたくないか? 逢いたかったら、いつでも逢いに行って いいんだぞ」 「ん? おかあさん? ぼくはちっとも逢いたくネェや」 息子はそう言って外に遊びに行ってしまいました。 本当は今すぐにでも逢いたいに違いありません。 でも私に対する思いやりから 彼は逢いたくないと 言ったのでしょう。  男同志で これからも 生きていこうよ しっかりと ともった灯り 二人の窓に 明日はかならずやって来る そうさ朝日は また昇る  私が毎朝つくる目玉焼。ほんとうはあきているんでしょうが、 息子はおいしいよと言ってよく食べてくれます。 お前も早く大きくなってくれ そして一緒に酒を飲もうじゃないか 男同志の酒だ そんな日がいつか来ることを、私は今から、 夢見ているのです。……………
学校の先生GOLD LYLIC坂上二郎GOLD LYLIC坂上二郎山上路夫大川光久みなさん、このたびこのクラスをうけもつことに なりました坂上です。仲良くやりましょう……。  小さな町の 中学校に はじめて来たのは 春のこと あれからいくたび 校庭に 桜の花は 咲いたろう 教えた子供は 数え切れない  安江は、生徒会費もなかなかはらえない 貧しい家の子供でした。 秋の遠足の時でしたが、私は安江のために お菓子を少し買っていったことがあります。 彼女はお菓子の袋を持って目にいっぱいの涙を ためておりました。いまも忘れておりません。 しかし今は元気に工場につとめ夜は定時制高校に通って いる安江「生きていることは楽しい」と この間来た彼女の手紙に書いてありました。  生まれた時は 誰でも同じ 裸で産声 あげるのに 子供の時から それぞれに 違った道を 歩きだす 私の力じゃ どうにもできない  孝夫は非行少年でした。 悪い仲間と付き合って 学校にも なかなか出て来ませんでした。 私も 何度か説教しましたが 聞くような子じゃありません。 ところがある日 彼が何人かの少年にかこまれて 喧嘩しているところに出合いました。 私は孝夫をかばいましたが、 映画のようにかっこよくはいきません。たちまち少年たちに、 なぐられたりけられたりして、私はのびてしまいました。 「先生、あんまりかっこつけるんじゃねぇよ」 孝夫はそう云って私に肩をかしながら 家まで送ってくれました。 それからです。孝夫と仲良くなったのは。 今でも時々家に遊びに来ます。 運送会社につとめているそうです。  小さな町の 中学校に いつしか月日は 流れゆく 今年も近づく 卆(そつ)業が 螢の光に 送られて 巣立ってゆくだろ 教え子たちが  洋子(ひろこ)という子は大変頭の良い子でしたが早く死にました。 結婚をして別れた子もいます。酒場づとめをしている子 もいます。大学受験を三回も失敗した子もいます。 どうも幸せな子より不幸(ふしあわせ)な子の方が、 よくおぼえているようです。 考えてみると、人間ていう奴は、誰だって多かれ少なかれ 不幸を背負って生きているようです。 より良い明日を願って一生懸命生きているもののようです。 みんな負けるなよ、みんな負けるなよ……と、 私はそっと呟くだけです。
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