第99回 瑛人「香水」
photo_01です。 2019年4月21日発売
 さて今月は、上半期、もっとも注目された楽曲のひとつ、瑛人の「香水」を取り上げよう。となれば歌詞の注目点は“ドルチェ&ガッバーナ”というわけなのだが、実際にこの香水を知らない人間にも、どこか歌を通じて香ってくるから不思議である。なにしろこの作品は、久しぶりにJ-POP界に現われた視覚でも聴覚でも味覚でも触覚でもない、嗅覚を中心とした歌だ。

まずはやはり“ドルチェ&ガッバーナ”のことを


 どるちぇあんどがっばーな、などという、ゴツゴツした言葉が歌に見事に収まってることに、みんな驚いた。どう考えても、メロディには乗りにくそうだ。

一般的に、歌はメロディから作る。その時点でメロディには、乗っけられるコトバの許容範囲が生まれる。そんなの無視すれば何でもアリになるけど、それでは歌として成立しない。

画期的なこの部分は,どのように誕生したのだろう。なんでもセッション的に友人の弾くギターに合わせ、フリースタイルで頭に浮かんだ言葉を発してみたところ、いい感じでこのフレーズが完成したらしい。

仲間との寛いだセッションだったというのがポイントだろう。友達は、ギターを手に、思いつくままコードを展開させていたのだろうし。瑛人もフリースタイルというくらいなので、ヒップホップのラップでいうならライム(韻を踏む)やフロー(言葉に流れを持たせる)にも近い感覚で、頭に浮かんだコトバを並べたはずだ。

そんな時、“ドルチェ&ガッバーナ”は次に訪れた余白にえいやっと放り込んでみた言葉だったかもしれず、でもそこで、枠からこぼれ落ちそうでこぼれ落ちずヒトの耳を惹くものとしてギターの伴奏とともに先へと運ばれたのだろう。

明らかな字余りにはならず、ギリギリのところで枠に収まった。そこはかとない緊張感も醸し出され、やがて曲全体が完成するや、チャーミングなものとして、多くの人々の耳に印象づけられたのだ。

物語の発端は突然のLINEメッセージ

 さてここからは歌全体の話である。この作品は、ボサノヴァ風のギターに乗せ、淡々と歌われていく。サビの部分では、主人公の胸の高鳴りが、大袈裟ではなく表現されている。瑛人の歌声は豊かな倍音を感じさせ、シンプルなアレンジとの相性がいい。

冒頭、[3年くらいぶり]に届いた元カノからのメッセージによって始まる。3年というのは実に微妙な時間のディスタンスだ。遠い昔ではない。なので、思い出が生乾きの状態で胸に仕舞われている。

彼はどのように返信したのだろう? 残念ながら、結末まで明かされていない。ただ、この歌は相手とのやりとりを描いたものではなく、主人公の胸に去来した、様々な想いこそが主題なのだ。なので恋の顛末には、あまり拘らないほうがいいだろう。

でも、歌詞の一番最後、まさに最終の一行に、[僕がフラれるんだ]とある。もし仮に、彼女との恋が二巡目を迎え動き出したとしても、結末は同じだと主人公は予測する。このことから察すると、彼は返事は送らなかったのではなかろうか。

嗅覚がきっかけで開く、記憶の扉

 返事は送らなかったと思われるが、彼は想像のなかで、実は彼女との再会を果たす。[別に君を求めてない]とキッパリ言いつつも、そのあと[横にいられると思い出す」とも歌う。ここで、ある事実が判明する。大切な部分なので詳しく書く。

“ドルチェ&ガッバーナ”の香りは、具体的に、何を思い出させるのだろうか。普通なら、それは彼女だろう。ところがこの歌は、違うのだ。“ドルチェ&ガッバーナ”は、あくまで彼女と過ごした特定期間を思い出させるものとして登場している。サビの部分を聴くと、そのことが分かる。

要らぬお節介かもしれないが、なぜこの恋は…。

 そもそも二人の恋は、どのように芽ばえ、どう結末を迎えたのだろう。なんとか知る手だてはないものかと歌詞を眺めると、冒頭の回想の部分が気になった。

あの頃の二人は、一緒にいれば[なんでもできそうな]気がしていた。でも二人は、始めから愛の終わりを予感していたのかもしれない。というのも、海に出掛けてはお互い[たくさん写真撮った]からだ。

すべてを超え、すべてを忘れ、二人の時間を満喫するより、記録を残そうとした。もしそれを、彼が率先したならば、その些細なことが、二人のバランスを損なった可能性もある。あくまでこれは、数少ない手がかりからの推測だが…。

結局「香水」は、“今の自分”を確かめるための歌?

 せっかく彼女から連絡してきたのに、彼を躊躇させたものはなんだったのか? この3年間、自分に起こったことと関係ありそうだ。今現在の自分のことを、彼は[クズになった僕]、[空っぽの僕]と表現する。なんとも自らに手厳しい。

前者の場合、付き合っていた頃より状況が悪化し、身を持ち崩してしまった様子が伺える。後者の場合は、空虚な心を埋めてくれるヒトを求めているように思える。いずれにしても、3年前の失恋が、その後、主人公にもたらした好材料は少ないようだ。

とはいえ元カノへの未練の歌ではないのが「香水」である。むしろ、“今の自分”を確かめるための歌といえる。まだちょっと心配なところもあるが、きっとこの主人公は立ち直るのだろう。

やっかいなのが、あの香りだ。脳のなかで、もっとも強い記憶を残すのが匂いであることは知られている。「香水」の主人公は、元カノそのもののことは忘れられても、あの特定期間だけは、“ドルチェ&ガッバーナ”の香りがするたびに思いだしてしまうのだ。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

特にオーディオのマニアなわけじゃないが、やはり良い音で聴きたいわけで、実は先日、いつも聴いてるスピーカーに超高音用スピーカー(スーパーツイーター)を取り付けてみた。すると、高い音だけでなく、全体にゆとりあるサウンドになり大満足なのだった。費用もたいして掛からなかった。でも、上が伸びれば今度は下も伸ばしたくなるもので、次は超低音のためのスピーカー(スーパーウーファー)が欲しくなってきた。最近は、手持ちの本体スピーカーとの音の繋がりも心配ない機能も搭載されているようで、まさに次なる買い物の目標が出来たのだった。