第30回 KAN「愛は勝つ」
photo_01です。 1990年9月1日発売
 「愛は勝つ」がKANの代表作だと言うと、彼のファンからこんなクレームが来るかもしれない。「彼にはもっと沢山いい歌がある。むしろKANの中で、この歌は異質ですらある」。言われてみると確かにそうかもしれない。実は僕も、このアーティストの全体像を想い浮かべるなら、もう少しヒネリの効いた作風のものに魅力を感じていたりもする。でも、彼は幸せだと思う。日本国民なら誰でも知ってる作品を世に送り出し、それと同時に、自分のことを深く理解するファンからは熱心に支持されているのだから…。

冒頭から聴き手を励まし、最後まで不安にさせない。

 「愛は〇〇〇」、「愛の〇〇〇」というタイトルの歌は沢山あるが、その多くは愛の不確実性を描いているように思える。パッと思い浮かぶものだと、倖田來未の「愛のうた」。心に宿るこうした感情には移ろいやすい性質があり、そこに着眼し、極上のドラマに仕上げている。でも、それとは逆の立場と言うか、愛というものの絶対性を高らかに歌い上げる作品もある。昭和の歌謡史を繙くなら、歌唱中の“不死鳥ポーズ”で有名な布施明の「愛は不死鳥」なども揺るぎないが、平成になってからだと、何と言ってもKANの「愛は勝つ」だ(1991年のミリオン・セラー)。
冒頭から高らかに響くこの歌は、日常生活のアンセム(応援歌)としても相応しい。口ずさめば元気が出る。KANが影響を受けたとされるビリー・ジョエルの作品の雰囲気も感じないこともない。特に、力強いけど滑らかさを失わない感覚がメロディにある辺りは、特に…。全体はシンプルな構成ながら、コーラス・ワークやキメどころの転調などにはKANの職人技が冴えている。要は耳馴染みがよく聴き飽きないという、ポップ・ソングの最良のバランスを備えているわけである。
さてこの歌。みなさんご存知の通り、いきなり聞えてくるのは“♪し~んぱ~いないからね〜”の一言だ。結構これ、大胆。いきなり“心配ない”と言われても、「なぜそうあなたには断言出来るのか? 根拠を示して欲しい」と思う人もいるからだ(実は筆者自身もけっこう疑り深い性格である)。しかし間髪入れずに次から次へと素敵なフレーズを投げ込んでくるものだから、こちらとしても、打ち返すのに必死で不安がってる暇が無い。
“どんなに 困難で”とか、ドとコを母音の“o”で踏韻してみせたりするのもさり気なくてお洒落だ。そして、いくら“愛というものの絶対性”といえど、そこに至るまでのことは“傷つけ傷ついて”と、ちゃんと葛藤も含め描きリアリティを増していく。
やがてワンコーラス目からツーコーラス目に移ると、“夜空に流星を”と、歌の目線が変化する。“ぼくらはやってきた”という言葉も出てくる。一方的な励ましではなく、今、抱えている不安は誰にでも共通するものだということを示す。“遠ければ遠いほど”“勝ちとるよろこびは”のあたりは、Mr.Childrenの「終りなき旅」とも共通する感覚である(偶然の類似だろうが、そういえばKANと桜井和寿は親交が深い)。そしていよいよ歌の“励まし”は仕上げの段階へと突入していくわけだ。

聴いた時の年齢や環境によって意味を変えてく歌。

 エンディングで高らかに響くのは、“信じることさ 必ず最後に愛は勝つ”という超有名なフレーズである。その際、解釈の仕方によってはニュアンスを変えるのが“信じる”という言葉だろう。あまり重たく受け止めすぎると、歌全体が仰々しくなってしまう。ひと頃、この歌に対するアレルギーを語る人達もいたが、それはきっと、そんな風に受取ったからなんじゃなかろうか。僕個人はこの場合の“信じる”は、“心に留めて思ってみる”くらいの意味に受け止めている。
この歌がヒットした1991年に十代だった人が、あれから20年以上経った今、ふと耳にしたとしたら、いったいどんな感想を抱くのだろうか。その人は、いまでは結婚して子供がいるかもしれない。そしてきっと、この歌の中で扱われている「愛」を、今ならより広義なものとして受け止めるだろう。最初は目の前の相手しか見えない恋愛の歌だと思っていたのが、無私の愛であるとか人類愛とか、もっと大きな意味を、この歌から聞き取るはずだ。特に大震災以降、違う響き方をするようにもなったのがこの歌なのである。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

文章を書くことと歌が大好きだったこともあって、音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。
でも新しい才能と巡り会えば、己の感性は日々、更新され続けるのです。師走です。
今年は大晦日まで(おそらく)仕事です。さらに毎年このシ−ズンは、「今年のベスト〇〇」
みたいな企画があって、この一年、聴いたり観たりしたものから選ぶのですが、これがもう、
一苦労なのです。選んであげたいけど泣く泣く“選外”、みたいな作品が、どうしても出てき
てしまう。でもそこは、心を鬼にして…。